無題

ふと、怖くなったことがある


お前はもう、随分と歳を取ってしまったから

いずれ、僕の目の前からいなくなるんだろう？

それも、遠くない未来に

雨の日のお前の臭いが好きだ

お前の臭いが強くなるから

むせ返るようなお前の臭さが、本当は好きだって、まだ言ってない

お前の鶏冠を触るのが好きだ

お前の羽に顔をうずめるのが好きだ

お前の瞳を見つめるのが好きだ

お前の暢気な声を聞くのが好きだ

全部、全部好きだ

でもまだ言えてない

お前の体温に癒されたことへの感謝も

お前に愚痴を聞いてもらったお礼も

大好きだって、茶化してなら言えるのに

お前がいなくなったら、学校に行く前におはようって言えないじゃないか

帰ってきてただいまって言えないじゃないか

勉強に行き詰まった時、愚痴を聞いてもらえないじゃないか

休日、一緒におやつを食べられないじゃないか

お前がいなくなったら、僕の中のお前はきっと、どんどん小さくなってゆく

瞼の裏のお前の姿は、どんどん薄れてゆく

お前の躯はそこにあるのに、お前はいなくなってしまう

お前の記憶が、クシャクシャに畳まれて、しまわれてしまう

もう、思い出せなくなるかもしれない

それが、たまらなく怖い

怖いよ、お前を忘れるのが

いずれ、この恐怖さえも消えてしまうのが

だからせめて、逝く時は苦しまないで

お前の喉から、苦しみに喘ぐ声を聞くのは嫌だ

ひゅうひゅう、虚しく風が抜ける音を聞くのは嫌だ

僕の前でいなくならないでほしい

僕に見守られながら逝ってほしい

お前のことが大好きなんだ

名前を呼ぶと反応してくれるお前が

褒めると調子に乗るお前が

お前なんか大嫌いだ

成長してからは、元気に突っかかってきたお前が

歳を取ってからは、すぐに息切れしてしまうお前が

その鋭い蹴爪と嘴に、何度泣かされたと思う？

大きい真っ赤な鶏冠が立派なお前

今でも羽の色艶が綺麗なお前

矛盾してるって、わかってる

でも、だってこれが本心なんだ

大嫌い、大好き

長生きしてほしい、無理に生き存えないで欲しい

喉元まででかかった言葉を、残らず吐露したい

口にすると安っぽくなってしまいそうなこの感情を、自分の内に押し留めたい

僕の想いは、お前に通じてる？

お前は、僕のことを思ってる？

わからないのが怖いようで、少しだけ安心もする

お前への想いを伝えようとすると、言葉が足りないんだ

こんなにも想ってるのに

大好き、大好き、大好き、大好きなんだ

僕が抱っこしようとするとお前は怒るけど、お前に触れたいんだ

いつか忘れてしまうかもしれないお前のぬくもりがほしい

いつか忘れてしまうかもしれないお前の臭いがほしい

いつか忘れてしまうだろうけれど、お前の記憶がほしい

かけがえのないものがほしい

お前の名前、雛だった頃の色からとってるんだ

薄黄色の、小さな毛玉だったお前から

今は、あの頃とは程遠い色のお前から


お前の声、お前の名前、お前の姿、お前の性格……

全部抱き締めて生きていきたい

お前の姉さん達の記憶も、お前の母さんの記憶も、もう薄れてしまった

お前の記憶も、そのうち薄れてしまう

嫌だ、忘れたくない

だから、綴ったんだよ

また、思い出すために、綴ったよ

刻んだよ、ここに

お前の記憶を