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水槽の中で溺れている魚




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 生まれたときから一緒だった。ううん、生まれたという表現は間違っているかもしれない。気づいた時から、あたしと、お兄ちゃんは一緒だった。双子、と教えられ、あたしが妹、お兄ちゃんが兄という、まるで劇の役を決めていくかのように、黒い服を纏った大きな人から言われた。なぜか当時は、決められたことでも気にしないで遊べていた。

 兄とは何か、妹とは何か、わからなかったあたしたちに丁寧に教えてくれた。兄はあたしよりしっかりしているから、言うことは聞きなさいと耳にタコができるほど言われた。兄は妹のことをいつまでも好きでいなさい。妹はいつも兄の背中を追いかけていなさい。日に日に、あたしたちへの理想を作り上げていった黒い服の大きな人。

 だけど、ある日、黒い服の大きな人と同じくらいの人たちが襲ってきた。外からも叫び声が聞こえる。黒い服の大きな人は、悪い人からふと視線をはずし、あたしたちを見た。そして、静かに口を動かした。なんて言っているのか、あたしにはわからなかったけど、お兄ちゃんはわかったみたいですぐにあたしの腕を引っ張った。腕が取れそうなくらい強く引っ張られて、最初はお兄ちゃんがどうかしちゃったんじゃないかとも思った。でも、外に出るとあたしと同じような子たちが同じ方向に走っているのが見えた。それからはただ、同じような子たちを追いかけるように走った。

 それから、あたしたちは大きな屋敷に住まわせてもらっている。みんな、ここで過ごしている。最初に来たときは、大きすぎる建物を見て驚いたけれど、色々な人がいて、色々なものがあるから毎日飽きない。こんなに楽しいと思ったのは初めてだった。決められたこと以外ができることに感銘を受けたのだ。

 某日の昼下がり、お兄ちゃんは白と黒の横に太めの棒を指で叩きながら、音を出していた。ぽーん、と高く鳴ったり、ぼーんと低く鳴ったり、変な音を鳴らしている。

「お兄ちゃん、それはなーに?」

 近くに寄って覗いてみる。白い棒の方がやや太い気がする。そして、黒の棒は少ない。

「これは、ピアノって言うらしいよ」
「へーっ。変な名前」
「あはは、そうだね」

 そう笑いながら、お兄ちゃんはぽんぽんと白の棒を叩いて音を鳴らした。

「明日、楽譜くれるって言ってた」
「ふーん」

 楽譜をくれるのは、きっとこの屋敷の持ち主の人だろう。あたしは興味がなかったので、その場を離れ、暇を潰しにその辺をウロウロし始めた。



 数週間後、あれ以来ピアノを弾けるように練習していたお兄ちゃんが、ようやく楽譜をスラスラ読めるようになったらしい。しかし、音符に指が追いつかないらしく、よく違う鍵盤をたたいている。あたしからみたらすごく簡単そうだけど、そうでもないのかな? 気になりだし、お兄ちゃんがピアノを使っていない時間にこっそりとあたしもピアノをやり始めた。

 今、お兄ちゃんが弾こうとしている楽譜にはドレミの音など書いていなかった。仕方なく、昔使っていた楽譜を引っ張り出してあたしは楽譜に音を書いた。短い曲だから、書き出すのは楽だったけど、長いものだったら書かなくてもいいようにしないとなあ、なんて思いながらピアノの前に座る。お兄ちゃんがやっていたようなことを思い出しながら鍵盤をたたいていく。たしかに、指が思うように動かないこともあるけど、お兄ちゃんが言うほどでもなかった。思っていたより、楽しかったので予定より長い時間ピアノを弾いていた。しかし、お兄ちゃんの存在を思い出し、慌てて楽譜を取り出して部屋に戻った。

 しかし、どうしても音の鳴るピアノが頭から離れなかった。どうしても、弾きたい。もう少しうまくなりたい。そんな気持ちでいっぱいになり、それからもお兄ちゃんが使っていないときだけピアノを弾くようにした。気づけば、お兄ちゃんが使っている楽譜を使うようになっていた。



「そういえば、ピアノ弾き始めたんだね」
「え?」

 ある日、お兄ちゃんとご飯を食べていたら、唐突にそう言われた。「気づいてたの?」と聞いたら、お兄ちゃんはこくり頷いた。なあんだ、バレてたのか と思いながらパンをかじる。

「そーなの、今はお兄ちゃんが練習している曲を練習してるの」
「そうなんだ……」

 思えば、この日からあたしたちの仲は悪くなっていった気がする。お兄ちゃんは必要最低限、あたしと話そうとしないし、ほとんどピアノの前に座って練習していた。当のあたしは、ピアノには既に飽きていて、ピアノがあるなら別の楽器もあると考えて現在はバイオリンを練習していた。ピアノよりだいぶ難しいけど、普通に練習していればできそうだった。

 でも、お兄ちゃんと全く話さなくなったのが気にかかって、ついに聞いた。

「お兄ちゃん、最近あたしのこと避けてない?」
「グレーテのことを? ……なんで?」

 首を傾げながら心当たりなどないような顔で、お兄ちゃんは聞き返してきた。この様子を見る限り、あたしの気のせいだったのかと思ってしまう。けど、前より話さなくなったのは事実だ。更に追及すると、お兄ちゃんは顔を訝しげた。

「グレーテ、どうしたの? 変だよ」
「変なのはお兄ちゃんの方よ。この間から、全然話さなくなったじゃない」
「そうかな。別に変わらないと思うけど……それに、避けるなら今だってなにかしら言い訳をつけて逃げるんじゃないかな」

 その言葉に何も言い返せなかった。たしかに、今は普通に話している。話さなくなったのは、お兄ちゃんがピアノを弾いてる時間が長くだけだったのかもしれない。力を込めていた拳をぶらりと垂れ下げる。なんだか、お兄ちゃんの顔が見れなくて、自分の靴を見ていた。

「そう、ね。ごめんなさい」
「いや、大丈夫。じゃあ、またあとで」

 小さく手を振りながら、お兄ちゃんは歩いて行った。あたしは動けなかった。どうして避けてると思ってしまったんだろう。自分が情けなくなった。お兄ちゃんは気にしていなさそうだったけれど、これからお兄ちゃんとまともに会話できそうにない。

 あたしたちは仲がいいと思っていた。黒い服の大きな人が、そう言ってくれていたから。だけど、実際はそんなことなかった。仲が良い子たちって、喧嘩なんてしない。お兄ちゃんと仲良くないんだ、と思い始めてからは本当に何もうまくいかなくなった。お兄ちゃんが関わった人がうらやましくなって、あたしもその人と関わった。だけど、気持ちは安定しなかった。

 次第に、あの人がかけた呪いなんだろうな、って思うようになった。あたしたちのせいじゃなくて、あの黒服の人が、あたしたちにこうなるように仕向けたんだって。だから、別に、お兄ちゃんとも仲良くしなくていいんだなって……そう思ってもいいよね。




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作者です。
CSSはえるさんの『知らないままで』をお借りさせていただきました。

ここまで読んでくださってありがとうございました。
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読み切りです。

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作者名:円藤 マメ | 作成日時:2019年6月29日 20時

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