十の楔─能力─(2)

今日:1 hit、昨日:0 hit、合計:439 hit

本作は十の楔シリーズの３作目、後編
→1
→3、前編

ご質問等ございましたらこちらまで。

＊

　結局のところ、変化は毛髪のみに留まらなかった。時を経るごとに、虹彩の色が黒から赤っぽく、左頬・左腕の内側・背中にそれぞれ痣が浮き出て、舌が内出血したような赤黒に変色した。変化時の色は、髪以外、赤色に偏っているようだ。

　朔弥によると、外見の変化は大きく分けて3種類。髪や瞳、肌が変色するもの、痣が浮き出るもの、体型が極端に変化するもの。永國の変化は、いまのところそのうちの２種類だった。

　そして、中身の変化──能力的な変化と、精神的な変化もあると、朔弥は言った。

「登ってみろ」

　さっき食べた朝食のスクランブルエッグが胃を圧迫していた。スクランブルエッグではなくて、牛乳かもしれない。永國は牛乳が苦手だったが、朔弥の手前、無理に飲んでいた。

　腹を抑えてフェンスを見上げる。フェンスは自分の身長の３倍以上の高さがあった。しかも、一番上には有刺鉄線が張り巡らせてある。

「そんな……」
「いいから、やれ。やれって言ったら、やれ」

　酷くしないと言ったのは、偉ぶらないと言ったのは、どの口だ。朔弥を痛めつける妄想をしながら、永國はフェンスに指をかけた。

「第一こんな道の真ん中に……このフェンス何のためにあるの？」
「はぁ？」

　まるで訊いたこちらが悪いかのような反応に、永國は首を縮めた。

「スティンガーは学校で何の教育も受けてねぇのか？　お前は校区内から出たこともねぇのか？　遊びにいかねぇのか？　先生はそんなこと一言も言ってなかったぜ」
「……きみが何を言っているのかよくわからない」

　朔弥は面倒そうに説明を始めた。

「フェンスはエリアの区切り、境界線だ。第一エリアをまずフェンスで囲って、周りを、第二から第五までの４地区で固めている。ちなみにこの向こうは第3エリア。フェンスには何箇所も簡単なゲートがある。行き来は自由だ。ただし、第一エリアへ入るための特別なゲート……バンプゲートっていうんだ。これは、第二から第五までの各エリアに一つずつしかなくて、管理者に侵入許可をもらわなくちゃ入れないし出られない」

　パーカーのポケットに手を突っ込んで朔弥はフェンスを見上げる。永國は眉をひそめた。

「人間を閉じ込めているの？　檻みたいじゃないか」
「檻だよ。国は平等を謳いながら、実際はお前らスティンガーを邪魔だと思ってる。拡散したくないんだ。面倒だからな」
「スティンガーって？」
「おい永國、何でもかんでも俺に答えを求めるな。つかれる」
「だって……」

　朔弥にぐっと背中を押され、フェンスに押し付けられた。耳元で低い声が囁く。

「いいから、俺の言うことを聞け。できたらいいものやるよ」

　離され、永國はフェンスにめり込んだ�茲をこすった。姿勢を元に戻し、息を整える。フェンスに指と足をかけて、踏み切った。

「わっ！」

　体が持ち上げられたみたいに軽い。反射で右手を上方にかける。置いて行かれた左腕がちぎれそうで、急いで同じ高さにかけた。慣れない感覚に戸惑い、朔弥を見下ろす。

「朔弥、なんか変だよ」
「何が変だ？」
「よくわからないけど……軽すぎる。体重が無いみたい」
「そうか。それも契約後に起こる変化だから安心しろ。もっとも、まだ仮契約状態のはずなんだけどな。とりあえずそのまま向こう側へ行け」
「朔弥は？」
「俺も行くよ」

　言われた通りに上まで登り、有刺鉄線の目の前までたどり着く。

「これ、どうしよう」
「触っても痛くねぇから、ふつうに向こう側にとびおりろ」
「無茶なこと言うなよ」
「大丈夫だって。この俺の下僕だぜ？　こんくらいのことが出来ないわけないだろ。俺だって痛くねぇよ」
「じゃあやって見せろ！」

　足音が遠ざかり、早いテンポに変わる。がしゃんがしゃんという音とともにフェンスが揺れ、そばを赤茶けた髪が流れていった。

「ほら」

　下に飛び降りた朔弥が綺麗に着地を決めて、手のひらを見せてくる。いくら目を細めても傷は見当たらなかった

「痛く……ないの？」
「ああ。ギムレットは『化け物』だからな」

　ギムレット。また聞き慣れない単語だったが、永國はそれを無視した。今は目前の有刺鉄線のことしか考えられそうにない。手のひらでトゲに触ってみる。触っている感覚は、当然あった。朔弥が永國の様子を見上げていた。迷わず掴んでみる。力を込めても痛くなかった。

　金網の隙間にスニーカーのつま先をつっこんでよじ登り、朔弥の着地を頭に描いていると、バランスを崩して前のめりに落下した。

「いだっ」

　肩を打った。痛い。

「痛いじゃん。嘘つき」
「ばか。ちゃんとイメージしないからだよ」
「イメージって何だよ」
「そんなことより、約束のご褒美」

　体を起こした直後に、くっとネックレスを引っ張られた。チェーン部分が千切れそうで、何も抵抗できずに朔弥の懐に入る。

「ちゃんとつけてるな」

　朔弥は通されたリングを見つめてにやついた。至近距離にある顔に否応なくキスが思い出されて、永國は顔をしかめた。朔弥は頭にぽんとニット帽を乗せた。

「はいプレゼント」

　掴んで見てみる。

「これ、女の子用じゃないの？　猫耳みたいなのついてるし」
「女友達が俺の誕生日にくれたやつだけど、いらないからお前にやる」
「信じられない！　大事にしなよ、かわいそうに」
「いらねーもん寄越す方が悪い」

　朔弥は鼻を鳴らしてそっぽを向いた。

「まだ一回も使ってないから気にすんな。その髪、気にしてるみたいだし、ちょうどいいだろ」
「いらない。人が朔弥にあげた物なんてもらえない」
「いいから使え」
「やだ」
「俺がいいって言ってるんだ」
「いやだ」
「ああもう！　わかったよ。俺と共有するってことにしよう。それならいいだろ？　これは俺のもので、お前が寒そうだから貸してるだけ！」
「………………」

　永國の黙秘を承認と受け取った朔弥は、大きく息を吐いた。

「もう行くぞ。第三エリアは、第一や第二よりもよっぽどいいエリアだ」

→4

ホムペを作る｜感想を書く
 他の作品を探す

おもしろ度を投票
( ← 頑張って！｜面白い！→ )