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本作は枢町草葉荘シリーズの6作目です。登場人物紹介はこちら
※登場人物紹介はネタバレを含みます。本編を読了後の閲覧を推奨します。

久々の女性登場回です。姐さんが初登場になります。例のように例のごとく、基本二人で結論の出ない会話をしているだけです。
お戯れ描写と一部同性愛的描写がございますので、苦手な方はご注意ください。
作中の「マコト」は作者名と同じですが、作者はかなりまったくの無関係ですのでどうぞ無視してお楽しみください。


ご感想お待ちしております。誤字脱字等はコメント欄にてお知らせください。その他何かございましたらこちらへお願いします。

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 枝から離された葉が、ぼんやりとかすむ満月の真ん中を横切る。マコトは皿から団子をとり、頬張った。竹串についたみたらしのたれをねぶっていると、足音のない気配が背後からマコトに近づいてくる。

「なぁに? 眠れないの?」
「それはぬしのほうでありんしょう」
「夕霧は夜行性だもんね。なに、俺のこと喰いに来たの」

 揶揄するように笑うマコトに、すり足で近づいてきた彼女の容貌が、月明かりに照らされてあらわになる。

 彼女はいつもの派手な着物は着ておらず、百合の花模様の浴衣姿だった。普段は上の方で結っている豊かな黒髪は下ろされていて、ゆるめにくくられている。それが色白の肌に映え、ぽってりとした唇に乗せられた赤が、品の良いアクセントになっていた。伏し目がちの目を縁取るまつげは黒々として長く、どこか物憂げな雰囲気を感じさせる。

「今夜は着物じゃないの? 楽しみだったのに」
「そう甘えたような声を出さないでおくんなんし。今夜はやめておいただけでありんす」

 緩慢に喋り、彼女はマコトの隣に腰を下ろした。縁側からは満月がよく見えた。夕霧は見上げて、切なげな表情になる。

「こんな満月の日は、乗り気になりんせん」

 マコトは目を細めてにやけた。

「思い人でもいるのかな?」
「おらん」
「即答かよ」
「ところで……」

 黒い瞳が横へ動く。マコトを見つめて、夕霧は口元を隠した。

「あの子供は、もう寝てしまいんしたか」
「……どの子供?」

 すこし眉をひそめ、夕霧は早口で言う。

「ほら、あれ……よくぬしの後ろに隠れている、泣き虫の」
「優か。寝てるよ。何時だと思ってるの」
「……そうか」
「夕霧ねえさまの言う『子供』は、範囲広すぎてわかんないわ」

 ぼやっとしていた夕霧の唇に、串の先がちょんちょんと触れる。夕霧は何か言いかけ、マコトに顎を持ち上げられて黙った。唇が重なる。夕霧の唇は、柔らかく、ふくよかだった。

「なんか、濡れてんね」

 唇を離すと、マコトはそんなことを言った。

「こう見えても元は遊女でありんす。艶やかな唇は女の魅力でありんしょう」
「俺は薄くてさらさらしてる方がいいけど」
「それはぬしがふわふわした唇をしているからでは」
「いや、噛みちぎりたくなるんだ」

 夕霧は長い睫毛に縁取られた瞳に、畏怖の色を滲ませた。マコトは、表情を崩して軽く笑う。

「冗談、冗談。間に受けないでよ、そんなことしないからね、したことあった?」
「ぬしはそういうことをしかねんから、こうして怖がっているのでありんす。油断のならない男や」

 細い手がマコトの頰を包む。夕霧は真っ赤な舌を伸ばして、マコトの唇を丹念に舐めた。ぬめっていて、奇妙な感覚だった。

「紅がついていたでありんす」
「それ先に言ってね」
「わっちの唇には魅力がないか」
「そういうわけでもない。綺麗だと思うよ。でも、俺には好きな奴がいるから、そっちがサイコーってこと」

 マコトは、にやけて手を後ろについた。

「……似非男色家」
「んー? 酷い言いようだね」
「ぬしが女好きなことくらい、わっちは知っておるのだぞ」
「え? そりゃ、女だって好きだよ。男も女も平等に好きで、同様に嫌いだ。性別が違えば違う生き物、なんてわけがなく、どちらにせよ人には変わりない。性別なんて個体の個性だよ。俺は性別に惹かれて、焦がれているわけじゃない。前提として間違っているよ。その人がその性別であることが、好きになる要素の一つなのさ。人を好きになっちゃいけないのか?」
「駄目とは、言わんが……」
「俺が人を好きであることで、夕霧に何か迷惑かけたってんなら謝るよ。でも、好きなのはやめない。知ってしまって、気持ち悪いからやめろって言うのは、ちょっと我儘なんじゃないかと、俺は思うけれどね。夕霧さん」

 夕霧は居心地の悪そうな顔をして、そっぽを向いた。

「ぬしは女の敵でありんす」

 マコトは楽しそうに目を細めた。みたらしの味のする頰の内を、少し舐める。

「不誠実だし、論をこねくり回す。不愉快極まりない」
「あはは」
「弱点ないではありんせんか。タチ悪いわ。みんな好きなんて」
「いや、みんな好きなんて言ってないし。嫌いな奴は嫌いだし、普通の奴もいるし」
「そう、なのか」
「そんな博愛主義じゃないから」

 マコトは苦笑した。幾つになっても女は女だ。これは男にはない可愛げだ。

「妬かないでよ。俺がイケメンなのは、こういう要素があるからでもあるだろ?」
「自分で言うな。そうでもないでありんす」
「……え? いや、え? まじ? そんなにかっこよくない?」
「言うほどには」
「………………」

 一つため息をつき、マコトはにっこりと笑った。

「話を戻そうか」
「………………」
「キスはあいつがいちばんってだけだよ。夕霧に魅力がないわけじゃなくて、俺にはそれ以上に好ましい奴がいるってだけ」

 手をひらひらと振り、マコトは口を開けて笑った。犬歯がうっすらと光る。

「あいつは、これ以上ないってくらい無二の、極上だよ。やばいよ、まじで」
「やばいか」
「うん、やばい。あいつはやばい。ガチ惚れ。うわあああかわいいい」

 転がり回るマコトに、夕霧は空気をも凍らすような冷たい視線浴びせ、縁側から庭に落ちてしまえと思い、また月を見上げた。

「俺は、あいつだけは絶対に手放したくないし、他の奴に触らせたくもない。体も心も」

 夕霧が顔をしかめる。胸に何かどす黒く渦巻くものを感じたのだ。

「……醜い」

 マコトは、心外だとでも言いたそうな顔をした。

「なにが」
「ぬしが」
「なんだよ、夕霧は嫉妬しないのかよ」
「そうではありんせんが」
「わかってるよ、俺の我儘で、独占欲だってことは、重々わかってる。その人がそういう人であるのは周囲のおかげだし、周囲を切り離してしまったら、その人独特の要素が薄れるということも。でも、すこしだけでも俺のものでいて欲しいというのは、人間らしい感情だとも思うんだ」
「よく鳴く金糸雀やなぁ」
「誰が籠に囚われた鳥だ」

 ふと、今気が付いたふうにマコトが言う。

「ごめん、さっきのキスは、違うから……」
「わかっていんす」
「すねないでよ。まっ、遊女なら、キスの意味くらいわかっちゃうか」

 風呂から上がってしばらく経ったマコトの髪は、生乾きのままで水分を含んでおり、月光に照らされてまばゆいほど光っている。襟足は長く、その奥に見える肌は、ニートのわりには、ほんのりと褐色に色づいている。

「マコト、襟が乱れてる」

 夕霧がマコトへ手を伸ばした。振り向きざまに、彼は夕霧の左手首を折るような勢いで掴んだ。夕霧は息を飲んで、にぶく光るマコトの瞳にくぎ付けになった。

「何をする」
「何をって? 夕霧は、俺に何かしてほしいんじゃないの?」
「離せ、ばか」
「陶器みたいな肌だ。近くで見てもつるつるじゃん。隈とか面皰(にきび)もないんだね」

 絡新婦。それが彼女の種類だった。マコトが人間であるように、夕霧は化け物。美しい相貌、美しい声で男を誘惑し、喰らう。

 妖怪の一種。

「どうしてほしい?」

 マコトは頬を緩めもせず、無表情で囁いた。

「わっちはそんなことを望んでいんせん」

 夕霧はマコトを睨みつけて手を振り払う。

「落ち着け。ぬしなんぞと関係を持つつもりなど、ない」

 夕霧は剣呑な目つきのまま、マコトの中の何かを探るように見た。マコトはその視線をぴりぴりとしたものとして感じ取って、我に返った。

「……ごめん」

 夕霧の手首を離した指先がふるえる。夕霧は掴まれていた手首をさすり、どうして、と問うた。

「わっちは、何か悪いことをしたか」

 マコトは自身の首に触れた。

「ここは、よくあいつが嗅いでくるから……他の奴の匂いを残したくない。浮気性だからさ。自制できる範囲では、したいじゃん」

 舌の先から凍っていくような冷たい声が、するすると滑り出て、吐いているつもりなのに、どんどん息が詰まって苦しくなる。夕霧は、眉をひそめ耐えるマコトの肩に寄り添った。

「俺は、俺に優しい人を、どうしても慕ってしまう。その慕情が、いつから恋慕に変わるのかなんて、俺には予想がつかない。ただ、深く関わろれば関わるほど、好きになるってことは、わかってるんだ──だから、あんまり、本気で接しないで」

 マコトの口元がゆがむ。夕霧は、マコトの肩にかるく額をこすりつけた。

 燃えるような恋心。羨望に、嫉妬。気味が悪いほどに一途だ。吐き出す息にまで混ざるような塊の想いを、なんとか消化しようとして、戯れで「好き」を言う。それでも溶けるはずもない。同士はいれど、あの人は──帰らないのだから。

 マコトは力なく肩をすくめた。

「酷いのを引っかけちゃったよ。めんどくさい。自分がこんな奴だなんて思わなかった。しつこくて重くって、わざとらしい。ごめんね、愚痴って」

 ざわざわと庭の木が唸る。掻き消えそうなマコトの声に、夕霧は眉をひそめ、耳をすませた。

「皆好きだよ。みんな平等に同様に好きだ。けどそれは、みんな平等に同様に好きじゃないってことと、同じなんじゃないかな」

 本当は誰も好きじゃない。それを認めたくない。自分は、人を愛せる人間だと、そう思いたい。マコトはわめいて、頭を抱えた。

「だから、ご主人と涼だけは特別なんだ。特別枠を作ったら、それはもう博愛主義者じゃない──そうだろ?」

 夕霧は目を伏せて、ふっと口元だけ笑った。

「あきれた」
「うん?」
「若者でありんす」
「褒めてんの? アリガト」
「褒めてないわ」

 へらっとマコトは笑う。その笑顔に影など見えなかった。いつもの笑顔。それが、おかしいのだ。

 飄々としている風を装い、大丈夫だからと笑って何が大丈夫なんだと響に言われる、それが、夕霧の、マコトへ対するイメージだった。今のマコトは、何も大丈夫ではない風に、夕霧には見えた。

 夕霧はマコトの頭を引き寄せ、肩と顎で挟んだ。

「……え?」
「わっちが勝手に胸を貸しているだけでありんす」
「泣いてないんだけど」
「泣いとる。わっちに、母の面影でも重ねて」

 ふうん、とつぶやいてマコトは夕霧の左胸に触れた。夕霧は艶やかに微笑む。化け物は何も言わない。案外、技でなくこういう包容に男は惹かれてきたのではないかと思い、マコトは目を閉じた。

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作者名:漆原 真 | 作成日時:2016年2月29日 22時

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