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 響くんが、狩乃くんを肩に担いだ魁くんを連れて戻ってきた。駆け寄って見てみると、首に包帯を巻いている。響くんが、霧原は、と訊ねてくる。

「まだか」
「まだ」
「狩乃、弱ってやがんな」

 マコトくんが横から割り込んできて、狩乃くんの顔を覗き込んだ。

「オキのオカンは気苦労も絶えないけど、生傷も絶えないね」
「ある意味DVだからな。引きこもりが母親に八当たってるようなもんだ、はずかしーの」
「え? じゃあ魁、お前の暴力もDVじゃね? 俺に八当たってんじゃん」
「それはお前が常日頃からうるせえからだろ」
「でもさ、気に入らなかったら殴んのってDVじゃないの」
「お前に関してDVとかいう言葉は当てはまらない」
「あ、今俺のこと貶したろ。ご主人に言っとこうっと」
「それはやめろ。……マジやめろ」
「うるさいよあんたら」

 二人を牽制して、そういえば、と振り向く。

 当のオキくんは、お絵描きをしている優くんの隣でうずくまっていた。

「裕羅ちゃん」

 オキくんは俯いたまま私の名前を呼んで、唇をわななかせた。

「俺、そっち行かない方がいいよね」
「……オキくん」
「来いよ」

 マコトくんの凛とした声が肩越しに聞こえる。オキくんは顔を上げた。さっきタオルあげたのに、もう顔面があられもないほど酷いことになっている。

「お前がやったんだろ。ちゃんと見てろ。責任とれ。また手ェ出そうとしたら、魁が止めてくれるよ。だから来い」
「いや、何で俺がそんな面倒くせえことしなきゃならねーんだよ」
「……わかった」
「わかるなよ……」

 怒りを通り越して呆れ顔の魁くんに、マコトくんがニヤつく。で、殴られて昏倒した。

 オキくんは子供みたいにグズグズしながら恐る恐る近寄ってきて、狩乃くんの傍に膝をついた。

「ごめん、狩乃……」

 もにょもにょと狩乃くんの口が動く。

「ただいまー!」
「!」

 ドタドタという足音が近づいてきて、外廊下から涼くんが転がり込んでくる。突然のことに振り向くと、顔にポニテの尾がぶち当たってダメージを受けた。

 転がり込んできたものは昏倒していたマコトくんにぶつかって、すぐに飛び起きた。マコトくんはぐえっと呻く。

 転がり込んできたもの、涼くんは、目を輝かせて響くんの前に瓢箪を突きつけた。

「治癒の清水!」
「よくやった、おかえり。よし、飲ませよう」

 いつものほほんとしている涼くんが、こんなに素早く動けるとは思わなかった。意外なことに驚いて、私は目を丸くした。

 響くんが杯に瓢箪の中身を注ぐ。

 水は月の色に光っていた。

「こんなに早く着くとは思っていなかったぞ。遅ければ半刻くらいかかるだろうと思っていた」
「俺のところに、大きな鳥が来てくれたんだ。鷲ぽかった。それに乗って洞窟まで行った」

 狩乃くんの唇に杯を押し当て、流し込む。喉仏が上下に動く。

「ん、んん……」

 けふっ、と息を吹き出す。静かに瞼が持ち上がり、蜂蜜色の瞳が覗いて、きゅっと右に逸れた。

「元気か」

 響くんの問いかけに頷き、狩乃くんは再び目を瞑る。

「……オキとは、今後1週間、口を聞かないことにした」
「えっ」
「部屋も変えて、谷口。この際だし、引っ越そう」
「そうか、わかった」
「ま、待てよ狩乃。悪かった、反省してる。1週間口聞かないのくらいは耐える、けど、部屋を変えるのは」
「それよりもお腹すいたよ。何かない?」
「あずきバーならあるぞ。夕餉はたまご粥にしよう」
「無視、するなよ」

 オキくんは唇を噛んだ。

 治癒の清水は、万能薬だ。けれど、効果は薄い。持続性もない。だから、軽傷しか治せない。

 それに、物理的な傷しか治せない。

 オキくんが元気になるには、人に囲まれて記憶を蓄積させ、時間に薄らせるしかないのだ。







「狩乃、悪かった……」

 俺は寝転がったまま、オキを見つめた。オキはさっきからずっとこの調子で、俺の部屋で正座したまま動かない。眠たいっていうのに。

「オキ」
「なに」

 頭を掴み、顔を近づけ、
「謝るな」
 眉をひそめて言う。

「俺はお前の懺悔なんか聞きたくないよ」
「懺悔……? 俺は、今謝って」
「謝るなって言ってんだよ!」

 怒鳴れば、オキは一瞬怯み、眉を釣り上げた。

「悪いと思ってるんだ。謝るのは当然だろーが」
「お前、馬鹿だな」
「ああ?」
「俺は、苛ついてるんだよ。お前の謝罪はただの懺悔だ。許しを請うだけの自己満足だ。本当に悪いと思ってるんなら、もう俺に近づくな。本当に悪いと思ってるなら!」

 出て行け、と静かに言う。オキは歯を食いしばり、思い切り俺を睨んでからドタバタと駆けて出て行った。

「………………」

 布団に潜る。

 魁の言う通りだ。今までが甘やかしすぎていた。

 守ることと、甘やかすことは違う。

 愛するのなら、大切にしたいのなら、いつまでも一緒にいて守ってやれるわけじゃないんだから、あいつが一人でも、他人と関わりながら生きていけるようにしないといけない。なりふり構わず他人に甘え、受け入れられると思い込んで、迷惑をかけているようじゃ、駄目だ。

 これでよかった。多分、これで合ってる。

「っ」

 消えてしまった喉の擦過傷が、きりきりと痛む気がした。

 ふっと後頭部を何かが撫でつける。

「ん……」

 目を瞑る。さりさりと音がする。

 寝返りを打って、相手を確認する。髪の長い少女だった。小柄だ。

 その矮躯には重そうな、ごつい天狗の面をつけていた。

「目無衆の人かな」

 少女はこくりと頷いた。また、少女は手を伸ばしてくる。

「ありがとう」

 一人のとき、寂しいときに、音も立てず現れて、頭を撫でてくれる。

 目隠しさんもそうだった。

 目無衆、癒す者。

「オキのところにも、行ってあげて」

 少女は再びこくりと頷き、すっと立ち上がって部屋を出て行った。

 俺がこの体じゃなかったら、オキは、あそこまで自制が効かなくなることは、なかったかもしれない。

 自分の手を眺める。白くて女みたいな肉薄の手。

 自分の血を恨んだ瞬間だった。

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非社会人@黒パーカー(プロフ) - 面白かったです。 (2015年1月20日 19時) (携帯から) (レス) id: e5ce37b09d (このIDを非表示/違反報告)

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作者名:漆原 真 | 作成日時:2015年1月18日 21時

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