「まず、歩き方が蟹股過ぎるわ。女の子、それもお嬢様ならもっと背筋を伸ばして歩くものよ。あと、お嬢様は薔薇が好きで常に薔薇の香水をつけてる。でも、貴女からはその匂いはしなかった。他にも、」
「もういいよ」
少年は少女の声を遮り、鬘を取る。
短いブロンドの髪が流れた。今まで少女が立っていたのに、今は少年が其処にいる。少年らしく凛々しい端整な顔立ちにピンク色の女物のドレスは不似合いだった。
少女は口を閉じ、少年を見つめた。
「僕を大人達に云うかい? 構わないよ」
「いいえ、言わないわ。その代わり、一つだけ教えて。……あなた、何で泥棒なんてするの」
それは、少年にとっては愚問だった。
しかし、教える代わりに逃がしてくれるのだと言うのだから、此処は話すしかないだろう。
「……僕はルパン三世になりたいんだ。彼になりたい。彼が憧れなんだ」
「……そう」
少女はそれだけ言うと一歩後ろに下がる。少年は窓を開けた。二人の髪が、風に揺れる。
「───私を拐ってみて。泥棒さん。そしたら世界一の大泥棒だって認めてあげるわ」
少年は窓から飛び降りる。
少年がいなくなると少女は静かに呟いた。
「……なーんて、ね」
***
あれはそう、僕が未だ小学生の頃だった。
親方に命じられたのは、ある企業が主催するパーティーにお嬢様として潜入し、宝石を盗んでくるというものだった。勿論、僕は自慢の変装術でお嬢様に変装し、大人たちを欺いた。あとは騒ぎが起きる前に逃げるだけ……だったのだ。しかし、ある少女が来たことによって僕の完璧な計画が崩れる。
「あなた、泥棒でしょ」
静かな声だった。
僕は慌て後ろを振り向くと同い年くらいの少女が壁に寄りかかりながら、僕を見据えていた。赤みがかった茶髪に宝石の様な瞳。日本人離れした端麗な顔立ち。誰が見ても美しいと言うであろうその容姿に僕は一瞬だけ言葉を失った。
「……なんのことかしら」
「あら、とぼけなくても良いのよ? まず歩き方が蟹股過ぎるわ。女の子、それもお嬢様ならもっと背筋を伸ばして歩くものよ。あとそのお嬢様は薔薇が好きで常に薔薇の香水をつけてるって執事さんから聞いた。でも貴女からはその匂いはしなかった。他にも」
「もういいよ」
それ以上聞きたくなくて僕は彼女の声を遮った。前髪を強く引っ張ると鬘が取れる。女の子は口を閉じ、僕を見つめた。
「僕を大人たちに云うかい? 構わないよ」
どうせバレないだろうと手を抜いた僕の失敗だ。同い年の少女に見破られてしまうくらいなのだから、最初から僕があの人にはなれるはずなんてなかったのだ。
「いいえ、言わないわ。その代わり、一つだけ教えて。あなた、何で泥棒なんてするの」
愚問だ。しかし、教える代わりに逃がしてくれるのだというのだから、此処は話すしかないだろう。
「僕は、ルパン三世になりたいんだ」
ルパン三世。
世界をまたにかける大泥棒。僕の憧れのひと。初めて彼を見たとき、あぁ僕はこうなりたいんだと思えた。彼を見た瞬間、何をしても退屈に感じていた僕の世界が一瞬で色づいた。女の子はそう、と小さく呟き目を伏せ、一歩後ろに下がる。僕は窓を開けた。
「あなた、大泥棒になるのよね」
「勿論。僕は必ず、ルパンを超える大泥棒になるよ」
「……じゃあ───」
少女が、わらった。
「私を拐ってみて、泥棒さん。そしたらあなたが世界一の大泥棒だって認めてあげるわ」
少女が挑発的に、何処か悲しそうに微笑した。
その笑顔は憂いを帯びていて、切なくて、儚くて、未完成の絵画の様な美しさがあった。僕は少女の言葉には答えずに、窓から飛び降りる。
少女の笑顔が、頭から離れなかった。
◇
それから、数十年経過した。
僕は世界的に有名な、泥棒になった。
ルパンにはまだ程遠いけど、絵画も、宝石も、どんなものだって盗んできた。けれど、僕の心の中には何時だってあの子がいて、埋まらない。あの時、パーティーで出会った美しい、名前も知らない少女。
「……会いたいな」
ぽつりと呟く。彼女はどんな風に成長しているのだろう。
「あの、大丈夫ですか……? 珈琲溢れてますけど……」
気づけば店員さんの顔が近くにあった。金髪に褐色の肌、という日本では珍しい顔立ちだ。僕はすみません、と慌て珈琲を拭く。あぁ、駄目だ。彼女のことを考えているだけで僕は駄目になる。早々に会計を済まし、僕はポアロという店を出た。
此処は本国ではなく、日本、米花街。
僕は日本で活躍している泥棒 `怪盗キッド´ というのを調べに、此処までやって来た。
「元太くーん、待ってよ〜!」
「おせーぞ、歩美、光彦!……あっ」
どん、と曲がり角から突然現れた小太りの少年と衝突した。僕は踏み堪えたが、少年は尻餅をついてしまった。後ろから少年と少女が来る。
「元太くん! だから、走るなって言ったんですよ〜!」
「そうだよ! もう、前には気を付けなきゃだよ!」
「……ううっ……いってぇ……」
「すまない、大丈夫かい?」
手を差し出すと少年は顰めっ面で僕の手を握り返し、立ち上がった。
「元太くん、ちゃんと謝った?」
「……すみません……」
「はは、気にしなくて良いよ。君達、名前は?」
「私、吉田歩美!」
「僕は円谷光彦です」
「俺は小嶋元太! 俺達、みーんな……」
「「「少年探偵団!!」」」
三人の子供達の明るい声が重なった。
何処から取り出したのか、子供たち皆バッチらしきものを掲げている。かっこいいな、とおかっぱ頭の少女、歩美ちゃんの髪を撫でると彼女は嬉しそうに「他にも二人いるんだよ!」と笑った。
「へぇ……会ってみたいな」
「今から公園で会う約束をしているんです! 良かったら、お兄さんも来てください!」
単なる社交辞令のつもりで言ったのだが、少年達があまりにも目を輝かせて誘うので断ることが出来なかった。
◇
公園に到着すると、子供達はベンチの方へ駆け出した。元気だな、と思いながら、僕もその後を追いかける。
「コナンくーん、哀ちゃ〜ん!」
ベンチに座っていた人物を見て、僕は言葉を失った。赤みがかった艶のある茶髪に少女ながらも完璧に整った顔立ち。……あの子だ。その姿はあの時と全く変わっていない。……何故? 他人の空似にしてもあまりにも似すぎている。僕が少女を凝視していると眼鏡の少年が少女を庇うように前に立った。
「お兄さん、だぁれ?」
「っ、あ、僕は……」
「このお兄さんはさっきそこで会ったひとだよ! 探偵団のこと教えてあげようと思って……」
「へぇ……そうなんだ。僕は江戸川コナン、宜しく。お兄さん!」
「……あぁ、宜しくね。コナンくん」
◆
「ねぇ、」
コナンくんたちがサッカーをしている様子を眺めながら、僕は少女に声をかけた。少女はピクリと肩を動かし、僕を見上げる。
「俺のこと、覚えてない?」
「……何のことかしら」
「そっか……ねぇ此処だとあれだから、俺と話さない?」
端から見ればロリコンだな、と内心苦笑しながら、彼女を見つめる。彼女はチラリと僕を横目で見ると「……良いわよ」と答えた。
◇
僕は少女を抱き上げ、近くの使われていない廃ビルに連れて来た。彼女は階段に座り、僕を見上げる。
「……何で此処なの?」
「なんとなく、かな」
「……そう」
沈黙が重い。彼女は口を開ける気配が無さそうだったので僕から話を切り出した。
「あるパーティーで君と俺は出会った。君は俺に「拐って欲しい」って言ったんだ。なんであの時から歳をとっていなんだとかそういう細かい事は聞かない。……ただ一つだけ教えてくれ。どうして君はあの時、俺に拐って欲しいなんて言ったの?」
「……気紛れよ。ただの。」
「そっか」
また、沈黙に包まれる。
沈黙に耐えられなかった僕は何時も女性を口説く時のように跪き、彼女を見つめた。他の女性と付き合う事はあった。でも、相手の目をこんなにしっかり見たのは初めてだった。
「どうか───私に盗まれてやってくれませんか、御嬢さん」
彼女の瞳が、大きく揺れる。
そして少し、ぎこちなく微笑んだ。
「……ありがとう。でも、ごめんなさい。私、ここが、大好きだから」
そうか。大好き、というのはさっきの探偵団の少年達と君を守るように立ったあの眼鏡の少年、江戸川くんなんだろう。
「……良いんだ。僕は、君の幸せだけを祈っているよ」
少女の額に唇を寄せる。少女は困惑したように目を開いた。
「そろそろ、時間みたいだね」
「……え?」
少女が首を傾げたのと同時に、「灰原!!」と少年の声が聞こえてきた。少女は更に目を見開く。僕は窓際に立ち、少女を見下ろした。
「さよなら……えっと……」
「……哀、私の名前は───灰原哀!」
あい。君らしい、素敵な名前だ。
漢字ではどう書くのだろう。愛情の「愛」藍色の「藍」……それとも、哀しみの `哀´ ? どれも君にピッタリだけれど、この名前は特によく合っている。哀しく、儚く、美しい君に本当に合っている。でもね、君には笑っていて欲しいんだ。
「また、会おう」
僕はあの時のように窓から飛び降りた。少年が扉を突き破って入ってくる。
「あいちゃん、君は笑顔でいてね」
この呟きが届いたかどうかは、判らない。
君の顔が悲しみに染まったその時は、無理にでも盗み出すから。
□
彼が飛び降りた瞬間、灰原は慌て窓に駆け寄った。下を見下ろすが、そこには誰もいない。これで良かったのかは自分でも、分からない。
「灰原!!」
「……あら、工藤くん」
コナンは呼吸を乱しながら灰原に歩み寄って来た。彼が心配して来てくれたことが嬉しくて灰原は微笑を浮かべた。んだよ、とコナンが顔をしかめる。
「……歩美達も本気で心配してたんだぞ! っていうか、あの男誰だったんだよ? オメーの知り合いか?」
「彼は世界一の大泥棒さんよ」
灰原はクスリと笑うと踵を返し、歩き出す。
コナンは不思議そうに首を傾げ、灰原の後を追った。
彼のことを知っているのは自分だけで良い。
そういえば名前、聞き忘れちゃったな、と灰原は足を止める。でも、大丈夫。彼とはきっとまた会える気がした。
「哀ちゃん!」
「灰原ぁ〜、何処行ってたんだよ!」
「灰原さん!」
外に出ると探偵団の三人が待っていた。
後ろを振り向くとコナンが笑いながら、灰原を見つめていた。
「なっ? 一人じゃねぇって言ったろ?」
灰原の表情が段々柔らかくなっていく。
どうして彼等はこんなに暖かいのだろう。まるで太陽みたい。彼等と共にいたい。此処にいたい。ずっとずっと。
「……ありがとう、みんな」
ありがとう。大泥棒さん。
***
電柱から灰原達を見守る一つの影があった。
サングラスをかけた金髪の青年は灰原の笑みをスマートフォンで撮影し、確認すると嬉しそうに笑みを浮かべた。
彼が笑みを見せた次の瞬間には青年の姿は無く、薔薇の花弁だけが舞っていた。
***
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柊花恋(プロフ) - 松木さん» コメントありがとうございます!わわ、私の文を参考に……!?この上なく光栄です…はい、最初は普通に小説に書こうかと思ったんですけどページ数がすごく余ってしまうのでホムペにしたんですよね(笑)ありがとうございます、松木さんも頑張って下さい(*^^*) (2018年4月23日 22時) (レス) id: 44b21f9a9c (このIDを非表示/違反報告)
松木(プロフ) - コメント失礼します!実は私、柊花恋さんの表現?の仕方が上手で、いつも参考にさせてもらっていました! ホムペで小説を描く、と言うのも最新の様な気がします(笑) これからも、小説づくり頑張ってください! (2018年4月23日 22時) (レス) id: 06a9187ae1 (このIDを非表示/違反報告)
柊花恋(プロフ) - ラシェーヌさん» コメントありがとう〜!本当新作作る度にコメントくれて……凄く励みになります!短編も男主も初めてだからなんか可笑しいところあるかも……そうなの!?私、まだ映画観てないからめちゃくちゃ気になる…… (2018年4月15日 15時) (レス) id: 44b21f9a9c (このIDを非表示/違反報告)
ラシェーヌ(プロフ) - コメント失礼します。哀ちゃんの小噺が読めて嬉しい! 今日、映画見てきて「哀ちゃん凄い!」って感動してたから余計に。 (2018年4月15日 15時) (レス) id: fd4f4e12c8 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:花恋 | 作成日時:2018年4月15日 13時