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帰るべき場所



著 織田作之助


天衣無縫@織田作之助
此れでも、一生懸命 生きている。

パッとする様な、華やかなものは何も無いが。
嫌われても、好かれても 頑張った。
だのに、如何も可笑しい。
醜いのだ。全てが。
何故かと問うか。愚問だな。
巫山戯た応えが欲しいのでは無い。
醜いものは醜い、其れだけだ。

其れなりに勉学に励み、其れなりに娯楽を求め、其れなりに休息に目を閉じる。
此の何処が可笑しいと云うのか。
然し、其れが可笑しいと毀笑を漏らす人間が居る。
判っている。
理解は出来ずとも判って居る。

偏見が凝り固まり、どろどろに溶け出し 悪い所しか目に入らなくなる。
恐らく、其れが原因。
其の所為で醜く映るのだろう。
加えて、美しい所が判ら無い事も今や当たり前だ。
馬鹿らしいとは思わないか?
丸で、表面だけを綺麗に取り繕ったものの 生焼けの生地が膿のように出て来て仕舞った焼菓子だ。
傷跡が如き表面の亀裂も、まさに。

話が逸れた。
兎に角だ。情け無いけれど、簡単に醜く映るのだろう。

熱情は、どんな物であっても露呈して仕舞うと余り良く取って貰えない事が屡々有る。
其れが物であっても事であっても、将又 全く別のモノでも。
酷いものだ。
好きな事を堂々と主張為るのに信頼と時間と、その他色々な物が必要になって来る。
周りの目を気にして仕舞った場合。
厭な趣味だなんて御前等が云えた事では無いだろう。
人を虚仮に為るしか能の無い人間、詰まり、君等が。
そう云う奴こそ虚仮虚仮とした愚者だとは思わないか?
何方に為よ、大差無いが。
此の感情が熱情なら、今 ひた隠しにして仕舞っているが、いつか……
否、矢張り 良い。

此れは自分の心の中の思想。
其の中では何を思っても構わないと考えて居る。
人に聞かせるものでは無いからな。
然し、何故か。
考える事をこんなにも躊躇する理由が判らなかった。
いくら考えても判らなかった。
だが屹と、此れは熱情だろう。
だとしたら、何も考えずに此の全てを曝けだせたら善いのだろう。

昔、馬鹿らしい癖して頭の良い奴がいた。
或る日其奴が云った言葉。
其の言葉の意味は、正直今でも判らない。
どう云う心算で云ったのか。
今でさえ其の言葉の意味を考えて居る。
随分昔に云われた事にも関わらず。
過去が妙に恋しくなったりだとか……そう云う事なのかも知れ無いが。
一瞬、格好が善い様な 其れらしい事を云ってみただけなのでは無いかと考えが過ったが其れを云った奴は意味の無い様な事を云う人では無かった。
屹と、本気で云った筈だ。
未だ未だ今日だって、其の言葉に散々迷わされ、彷徨って居る。
其れでも否、其れだのに未来の事を考えようとして居る。
何時か、何時かと……。
巫山戯て居る。過去に云われた過去についての事で彷徨っているのに、遠い先、未来の事なんか考えて生きていける筈も無いのだ。

数年前にも似た様な事が有った、と思い出していた。
彼奴と肩を並べ歩いていた。
懐かしいな、と微笑。
未だ学生だったか。長い帰路だった。
自分が思う所だが、此の道のりは屹と 彼奴に取っても長いものだったと思う。
其の道も、少し忘れかけて来ていた。
只、今歩いて居る道が通学路の一部だった事は覚えて居る。
そして、あの日と同じ様に
猫。
同じ場所に、同じ様な猫。
首輪が付いていない。毛並みもまぁまぁ。
野良猫だろう。

あの日、猫を見た彼奴は少し立ち止まっていた。
物憂げな顔で。
少しだけ心配になった。
綺麗に固まっていて、息をして居るのか判ら無い程。
そして、やっと口を開いたかと思うと、
妬む様な単語が漏れた。
下らない。
そう云って仕舞ったが 別に、呆れた訳では無かった。


彼奴は物事を包み隠さずはっきりと云う人間だった。
判りやすく付き合い易いが時々倦んで仕舞う事がある。
漫ろや没意義なんて言い訳をしては、軽忽、慎ましやかな誰かの声に触れた。
やってはいけない事だった。

自分は屹と、何かに唆されたのだ。
其れも言い訳に過ぎない。
委ねて仕舞おうなんて云う。
浮ついていた。其れ以外の何者でもない。
髪や頬を愛撫為る。
もう一つ言い訳をして良いのなら
是非も無かった、とでも云うか。

嗚呼、苛立たしい。
遊びにしても嫌気がさす。
丸で歪んでいる。
こんな慕情、二律背反にすら成らん。
苟も、仮初めにもこんな求め方は侮蔑されるだろう。
こんな自分は淘汰されて仕舞えば良い。
望んだのは、こんな事では無い。
目を細める程先の事を隣で考えて呉れれば良いんだ。


午前五時。
少しだけ明るい。
鴉は夕方によく鳴くと定着して居るが、実際は朝の方がよく鳴く。
ごみを漁る様な鴉だから小汚い、と云う人もいるが あの電線に綺麗に止まって堂々と佇んでいる姿は悔しいが正直美しかった。
自分が堂々と生きるのに何の疑いも持たず真っ黒な瞳で先だけを見据えている。
未だ深い朝に。
未だ深い朝に中で長いスパンで物事を捉え、又 朝を見る。
杞憂に浸っているな。
凛として優しいのは自分には無いもの。
此の鴉の様に生きる事が出来たら良いのだろうか。
そうすれば少しは楽だろうか。
あの鴉の様になれたら、
嗚呼、あの鴉の様に成りたい。
無謀な願いだった。
只、あの杞憂さを疎むだけ。
あの黒さを疎むだけ。黒の中で見え隠れする自信に手を伸ばすだけ。
伸ばすだけ伸ばして、掴みはしない。
基本的に疎んでいれば、掴める物も掴めない。
突然、黒さは消えた。
飛び立ったのだ、電線から。
消えて仕舞った。
其の時、何も残っていなかった。
手に残るものは何も無かった。
其の上、虚無的な何かに呑まれて気付いたら
思っていた。
嗚呼、なんて端ないのだろう。


こうして居るのも悪く無い。
他を、外を、遮断して。
こうして一人で目を閉じる。
気分が好いんだ。
誰かに迷惑を掛ける事も無い。
人に気を遣う事も無い。
気楽で気儘でフラットな状態。
自分にとって、一人で居る事は迚も良い事だった。
然し、独りなのではいけない。
依存出来る関係なんて物は無かった。
不気味と云って良い程淡々として、単調な日々だった。
殺風景だった。
色が見て取れない不気味さ。
丸で、彼奴の部屋の様なモノトーン。
其処に一つ目立った色。座り心地の良いソファ。
其処に一つ目立った人。居心地の良い人の隣。
然し、今は此れで良い。
唐突に携帯電話の着信音が耳の奥で鳴り響いた。
六コール目。
ぎりぎりで通話にする。
彼奴からだった。
又流して往くのだろうか、あの不気味さを。



彼奴は下を向き、更に俯き、鬱向き、カーペットを濡らしていた。
喉の奥、枯れた感覚を呑み込んだ。
弁解を求めたのか、謝罪を求めたのか。
曖昧な線引きが溶かされた。

「嘘を吐いたのだと、信じていた」

嗚呼。自分だって、信じていた。
其の事実も、虚構も。
二人の間に垂れていた帳に隠していた、 否、隠れていた。
帳が墜ちて仕舞った今、繕う事も出来ず仕舞いだ。
夜の帳と共に、綺麗に落ちた。
もう、明るさが空に垣間見えていた。

知り合ってから何年も経っているが、時々何も判らなくなる。
あの大きな目で見られると全て見透かされている気分に為る。
だから、一層の事全て吐き出して欲しくなる。
そんな阿呆みたいな事を考えた。
ならばもう、自分は全て見透かされて仕舞えば良い。
我儘も、虚実も。

然し、可笑しいな。
見透かされていない事に少しの安堵。
相反している。


食べている間の沈黙。
此れ程 食事を不味く為る物は無い。
嗚呼、不味い。
食べ物を運ぶ手が止まる。
駄目だ。此の侭では駄目だ。
手が止まった事では無い。
枯れてしまいそうな物を持ち直す為の水。
水は?
今、水となり得るものは何だ。
判らない。
全く持って判らない。何も。
自分は何も判っていない。
一から十迄。
何でも良い、水の話だ。
……水ではないかも知れない。
其れでも何か、少しマシな事。
喉に詰まった食物をコップの水で流し込んで考えた。



男は最後に、独りでふっと笑ったのだった。

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作者名:@織田作之助 | 作成日時:2018年8月27日 3時

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