真綿の策略【宮侑】

違和感 ページ4

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　朝原さんがのろのろと顔を上げる。きょろきょろとあたりを見回して、やっと俺が声をかけているのは自分だと気が付いたらしい。

「はよ」

　もう一度繰り返す。ただの挨拶なんやけど、そんなに珍しいんかな。
　そういえば、こうして挨拶するのは今日が初めてかもしれない。俺が朝練から戻ると、朝原さんはいつも席にちょこんと収まって本を読んでいるからだ。わざわざ声なんてかけない。

「……おはよう？」

「なんで疑問形なん？」

「驚いたから……？」

　よっぽど驚いたのか、朝原さんのそれはほぼ自答しているような言い方だった。頭の上にクエスチョンマークが見える。

　俺がいまさら挨拶なんて殊勝なことをしているのには理由がある。言わずもがな、昨日の朝原さんとその友達の会話だ。全く俺に興味がないと思っていた朝原さんが実は関心があった、そう思うと悪い気はしなかった。

「せっかく隣の席になったんやで？ 仲よくしようや」

　あ、クエスチョンマーク、増えよった。社交辞令にしてはタイミングの遅すぎるそれに、彼女は戸惑っているみたいだった。
　バレー部の面々に見られたら鼻で笑われそうな胡散臭い笑みを張り付ける。エセ爽やかめ、と自分とよく似た声の幻聴が聞こえた。

「わ、私でよければ？」

　大分混乱しているらしい。その言葉に思わず吹き出してしまった。
　依然朝原さんは真顔のままで、全く顔に出ていないから余計面白い。

「なんやそれ、おもろいなあ朝原さん」

「恐縮です」

「部下か」

　少し困ったように眉を下げて笑う。初めて見た表情だった。いつも大きすぎる瞳が笑うと少し細くなって、温和な雰囲気になる。

「朝原さんって笑うんやな」

「宮くんこそ」

「俺の笑顔は高いねん」

「確かに」

　美人さんだもんね、と。朝原さんが口にしたのは意外な一言だった。

「美人さん」

「綺麗に整ってるなあと思って。あ、もしかして嫌だった？ ごめんね」

　気づかわしげな目線。俺は慌ててちゃうねん、と首を振ってみせた。
　
　違和感。一言で表すならそれだった。
　美人かイケメンか男前かなんて、言葉の違いは些細な問題だ。そんなことは言われ慣れているはずなのになぜ朝原さんの時だけこんなにも違和感があるのか、気がかりでしょうがなかった。

　会話はもう終了したと思ったのか、朝原さんはまた読書に戻った。俺は違和感の原因を探るべくその横顔を盗み見ながら、眉間にしわを寄せるのだった。

　

　

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