58冊目 ページ19
しばらく離れた位置にいると携帯がなった。Aからだ。
『すみません。少し考えさせてください』
それだけの短い文だが、言いたいことは伝わった。今日は家に帰ってきたくないこと。気持ちが落ち着かないので考える時間がほしいこと。しばらく編集者としての活動を離れたいこと。
『分かった』それから『ごめん』と打って湊は路地を離れた。
自分の家に着き、乱暴に靴を脱ぎ捨てリビングまで行く。シンと静まった空間を見て、壁に寄りかかりズルズルとしゃがみ込む。
「……馬鹿」
それは自分への怒りだった。
何てことをしたんだ。あんなに怖がらせるようなことをして、結局怒りに任せて衝動のままやってしまった。
こうなってしまうことなんて、目に見えて分かっていたのに。大切だと言っておきながらトラウマを植え付けるようなことをするなんてどうかしてる。
それに、
「今更気付くとか、遅すぎるだろ……」
凛音が言った『ポンコツ』の意味がやっと分かった。自分はポンコツなんてもんじゃない。もはや不良品レベルだ。本当に、これで恋愛小説作家なんて胸を張れない。
――――――――Aのことを好きだと、今になって気付いたのだから。
失ってから大切さが分かるとはよく言ったものだ。大切にし過ぎて自分の気持ちに気づけないだなんてポンコツにも程がある。
考えてみれば思い当たる節ばかりだ。
初めて会ったときも、動物園に行った時も、笑顔を見た時も、朝ごはんを作って起きるのを待っててくれた時も、湊の作品が褒められた際に自分のことのように喜んでくれる時も、Aの行動1つ1つに心がキュッとなって、嬉しくなって、温かくなる。
これを恋と呼ばずに何とするんだ。
だが、気付くのが遅すぎた。あんなことをされた後で告白されたって恐怖でしかないだろう。
どうしてもっと違う行動が取れなかったんだ!
自覚はなかったが、好きだから。編集者をクビにした嘉川がAといると聞いたとき心臓が止まりそうだった。不安で心配で、どうにかなりそうだった。Aが自分よりも湊のことを大切にするから、もっと大事に扱ってほしかった。Aは大切に思っている存在が大きいほど、自分を犠牲にするなんて、これだけ一緒にいれば分かってたのに。
「……はは、俺、最低だ……ッ!」
一人ごちると同時に涙が溢れた。後悔の涙だ。溢れて溢れて、止まらない。
「好きになって、ごめん」
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埋夜冬(プロフ) - 白澤 晴夜さん» ありがとうございます!返信遅れてごめんなさい!キュンキュン出来ていたなら良かったです(*´ω`*) (2019年12月14日 13時) (レス) id: 87a5a46f37 (このIDを非表示/違反報告)
白澤 晴夜(プロフ) - 完結おめでとうございます!!もう最後までキュンキュンしながら読ませて頂きました〜!!この2人には、これからも永遠に幸せでいて欲しいです!!これからも頑張ってください!応援してます! (2019年12月13日 22時) (レス) id: 5742d2c832 (このIDを非表示/違反報告)
埋夜冬(プロフ) - ゼロさん» 返信遅くなりすみません!ドキドキしていただけたなら作者も満足です!次回作もよろしくお願いします! (2019年12月7日 10時) (レス) id: b51b60f8c3 (このIDを非表示/違反報告)
埋夜冬(プロフ) - 唳桜さん» 返信遅くなりすみません!可愛く書けていたなら良かったです!次回作も作ったのでぜひ読んでみてくださいね!この作品を読んでいただきありがとうございました! (2019年12月7日 10時) (レス) id: b51b60f8c3 (このIDを非表示/違反報告)
ゼロ - とても面白かったです。僕自身とても好きなジャンルで読んでてとてもドキドキしました!完結おめでとうございます。これからも応援しています。頑張って下さい(^▽^)/ (2019年12月1日 11時) (レス) id: aaae856515 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:埋夜冬 | 作成日時:2019年8月10日 22時