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丁度打ち合わせが終わり、タクシーで家に帰っているころ。タクシーの窓から見えた光景と同時に、Aの顔が脳裏に閃いた。
「A!」
「……どうしたんですか、急に。まふさんが走るなんて珍しい」
「ちょっと来て!」
マンションのエレベーターを昇って、部屋に駆け込む。
そこにはいつもと変わらず机に向かって、夏休みの宿題をやっているAが居る。すらすらとシャーペンを動かしているAを部屋から連れ出した。
「え、なんです? 今、宿題やっていたんですけど」
「いいから!」
Aの手を引っ張りながら、踏切を渡る。
女の子の手を掴んでいる黒づくめの成人男性、という不審者然とした絵面になっているのは仕方がない。重い足を必死に動かした。
「こっち……って」
Aが進行方向を見上げる。
少し閑散とした路地に入り込んだら、どこへ向かっているかさすがにわかる。僕と、Aが出会った場所。―――廃ビル。
そこには今までの廃ビルなんて見る影もなくって。
「とりこわ、し……?」
Aが放心したように呟く。
巨大なトラックがたくさん並び、崩れかけだったはずのビルはとっくに平らになっていた。
「ここ、取り壊されちゃうんだって。元々の持ち主の人から不動産屋が買い取って、土地だけにするつもりらしくって……」
壁に張られた貼り紙の内容を、簡単に説明する。
違う。今、Aに言いたいのはそういうことじゃない。
「……ねえ、A。……大丈夫?」
「なにがですか?」
「だって、ほら……!」
今までずっと、Aが依存していた場所。壊れそうだったAを支えてくれた場所。Aが唯一、心を落ち着かせることのできる場所。
そこが奪われてしまう。それはきっと、Aにとって大打撃のはずで。
「……別に、大丈夫ですよ」
「……え?」
思わずAの顔をまじまじと見る。
その瞬間、数日前のAの行動が脳裏によみがえった。
「だって、まふさんが私の居場所を作ってくれたんじゃないですか」
Aがふわりと微笑む。
そのとたん、全てのことが腑に落ちた。
……そっか。あのとき、間宮さんに気持ちを爆発させちゃったとき、廃ビルに留まらなかったのは―――。
「じゃあ、帰ろっか。僕たちの家に」
「はい。―――帰りましょうか」
今まで、私を受け入れてくれてありがとう。
Aは小さくそう呟いて、今はもうない廃ビルに一礼をした。
fin.
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千々(プロフ) - ちょこさん» ありがとうございます!その後話も気になりますが、これ以上書き足すと蛇足になってしまいそうだったので…笑 たぶん夢主ちゃんは幸せに暮らしていると思います。想像の中でお楽しみいただけると幸いです! (2022年12月6日 19時) (レス) id: 1d9d509371 (このIDを非表示/違反報告)
ちょこ - とてもよかったです!その後話が欲しい! (2021年10月13日 22時) (レス) @page38 id: 5ad0b4ef6a (このIDを非表示/違反報告)
千々(プロフ) - いちごあめさん» コメントありがとうございます! この題名は中々インパクトありますよね笑。あわああ他の作品も見ていただけるんですか、ありがとうございます! (2020年11月1日 14時) (レス) id: 4401622583 (このIDを非表示/違反報告)
いちごあめ - 完結おめでとうございます〜!!題名に釣られたんですけど目に入って本当に良かったなぁって感じてます、笑 他の作品も見させて頂きます( *´ワ`*) (2020年8月26日 21時) (レス) id: 6feff1c97c (このIDを非表示/違反報告)
千々(プロフ) - ひきねこさん» ありがとうございます! 時間があったら他の作品も読んでいただけるんですか!? めちゃくちゃ嬉しいです! 次作も一生懸命頑張らせていただきますので、どうぞよろしくお願いします! (2020年8月18日 22時) (レス) id: b78eeb1902 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:千々 | 作者ホームページ:http://uranai.nosv.org/u.php/hp/tidierika2/
作成日時:2020年7月4日 16時