【原神】星空はあなたのために【短編集】

必要な音 / 風男子　◎ ページ38

・



「ね、おねがい！なんでも奢るから！」

「だから、それだけはやらないよ…」


　しがみついて、(いつものように)すりすりとよって来たりしながらあざとくしているウェンティが、いつもと違ってかわいく見えない。いや、いつも可愛いと思ったりすることなんてない、断じてないけれど、今回ばかりは勘弁してほしい。私がこいつを引き剝がそうとしても、妙に力強く引き留められてしまう。


　私はみんなの音楽活動に、少しばかり手を貸したりしているだけのただの友達のはずであって、こんな頼みを受け入れる気などさらさらないわけだけど、こうしてレンタルスタジオにいるだけで微妙な空気を感じ取れるものだから、少し申し訳なくなる。


「…無理強いする気はないが…我もお前がやってくれればと思っている…」

「いやでも…。ピアノが弾ける人なんてどのクラスにも一人はいるでしょ？他の人に頼んでほしいんだけど」

「ほら。Aは弾かないって言ったでしょ？これ以上言ったら可哀想なんじゃないの？」


　やけに静かなスタジオが、私を押し返すように嫌な空気を放っている。


「入力じゃだめなの？」

「それだと音が良くないんだよ、どうしても。体育館のスピーカーなんて、ただの体育館のスピーカーにすぎないんだし」

「って言っても…。そもそも、その曲を作りながら考えてなかったの？…シンセを誰に弾いてもらうのか」

「考えていたよ？考えていたから、君に頼んでるんじゃないか」


　…ああ。話が通じない。


　まあ確かに、皆の演奏を一番近くで聴いているのは私で、その私がピアノを弾けるといったら、当然一番に思い浮かぶのもわかる。…でも、そればっかりは手伝えないんだ。私のためにも、皆のためにも。


「とにかく、この話は受けられない。ごめん。…他のことなら手伝うけど、こればっかりは、無理」


　嫌なことを思い出すから、そっと彼の肩を押して、黙ってそこを立ち去った。…また明日、なんでもない顔して会おうと思った。

□→←□

→ 目次へ｜作品を作る｜感想を書く
他の作品を探す