その能面、俺が剥がしたる【宮侑、宮治】

苦手＜嫌い ページ3

「あ、侑。これ佐原さんに渡してくれへん？」



目の前に差し出されたのは世界史の課題。記名欄には『佐原A』と凛とした癖字で書いてある。


「なんで俺が渡さなあかんねん。自分で渡せや」
「俺話したことないねん。だって"能面"やん？侑なら上手いことやれるやろ、先生に頼まれてしもてん」


"能面"。だいぶ有名なあだ名や。誰がつけたか知らんけど、ホンマに合ってると思う。それは一切悪口やない。ホンマに事実なだけやった。


「てか、お前が話しかけたら案外ピュアな反応するんやない？」

「お前それ目的やん。しゃあないな。ジュース奢れや」


渋々課題を受け取って座る佐原に近づいた。俺やて話したことはない。うまい具合に話しかけたらおもろい反応が見れるかもしれへんしな、と俺はすっかり友人に感化されていた。


「佐原サン、佐原サン」


明るいトーンで話し掛けると、それまで教科書を目で追っていた佐原はびくりと肩を揺らした。それからほんの少し目を見開いて此方を見上げる。


「これ、先生から頼まれてな。課題。もう終わらせたん？」


流石優等生は違うな、と笑いながら課題を差し出す。演技じみた態度で接する俺を、横から頼んだ張本人が興味深そうに見ているのが分かった。

ここでほんの少しでも笑い返すなり、頬を染めるなり、するかと思った。



「…ありがとう、ございます」



小さな声でそう言うと、パッと課題を受け取るなり佐原は目を逸らした。予想外の反応に呆気に取られる。口を開くも、言葉が出てこんかった。というか、俺が話し掛けることを拒否するような雰囲気。



俺、此奴苦手やわ



引き攣り混じりの笑顔で、俺はそのときそう思った。








"苦手"から"嫌い"んなったんは、それからすぐやった。


「…宮くん、あの、女の子が呼んでます」


気まずそうに話しかけてきた其奴に振り返ると、そこには佐原が立っていた。──────その後ろの教室の入口には、違うクラスの女子。此方を見てもじもじする女子を見て、直ぐに察しがついた。

またか、と心の中で呟きながら「教えてくれておおきに」と笑顔を作ると「いえ」と佐原は目を逸らす。


(…此奴、笑えないんか？)


まるで俺が嫌やと言わんばかりにそそくさと席に戻り、参考書を取り出す佐原に腹が立つ。



「…ホンマ、気持ち悪い能面女や」



その気持ち悪い能面を剥がしてやりたい。そう無意識に思うほど、俺は佐原Aを気に入らへんようになった。

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