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エコバッグを持つ私の手を、ふくらさんの細くて大きな手が、包みこむように握ってくれている。
『な、なんで…』
目の前で起きている出来事が理解できなくて、ひたすら、目線が手元とふくらさんの顔を行ったり来たりしながら泳いでしまう。
そんな私の気持ちを知ってか知らずか。
「俺もね、持ちたくなっちゃったから」
相変わらずにこにこと、その思考が読めない顔で面白そうに笑うふくらさんの本心はどこにあるのか、皆目見当もつかないのだけれど。
『そ、そんな…だって、だから、これは…!』
「そう、Aちゃんの仕事なんでしょ?だから俺も、それを尊重してるよ?だから、Aちゃんも持ってるし、俺も持ってる。お互い必要十分条件は満たしてると思うけど」
何か違う?とさも当たり前のように顔を覗き込んでくるふくらさんは、いつもより何故だかずっと、いたずらっぽい目をしていてドキドキしてしまう。
『必要十分条件て…す、数学はズルいです。そ、それに、その…必要十分条件ではない気が…』
「どうして?」
『そ、の、だって、前提がそもそも違います。私は買い出しジャンケンで負けた結果これを持たなければならない、ですけど。ふくらさんは、その、優しさだけでこれを持ってくれようとしてます。私の負けと、ふくらさんの優しさでは、お互いの必要十分条件としてそもそも成立しない気が、する、ので…』
高校数学で習ったような気がするそれを必死に思い出しながら言葉を繋いでいるうちに、何だかどんどん、頭の固い屁理屈女になってはいないだろうかという疑念に苛まれて行く。
これは、可愛く無い女、そのものではないだろうか。
せっかくふくらさんに声をかけてもらって、短いけれど貴重な時間を、2人きりで過ごせているというのに…。
「そうだね、それだと、必要十分条件は証明出来ないよね」
エコバックを持ってくれたあの時に、ありがとうございます、と素直に甘えられていたら。
もっと違う話題で、もっと楽しく、今を過ごせていたかもしれないのに…。
チャンスを棒に振る、という言葉が重く頭にのしかかった時。
「でもね、前提が間違ってるよ」
ふくらさんの優しい声がして、導かれるように、その顔を見てしまった。
「Aちゃんも俺が好きで、俺もAちゃんが好き」
『…え?』
「ね?これなら必要十分条件満たしてるでしょ?」
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作者名:SEN | 作成日時:2021年10月16日 0時