You.09 ページ16
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「どうだった?」
食事の後食器を洗っていると、後ろから優しい声に抱き締められた。
ふんわり香るシャンプーの匂いに鼻がくすぐられる。
「んー?そんなに難しくなさそうで安心したー」
わざとはぐらかして答えると、不満だったようで、洗い立ての冷たい髪の毛をぐりぐりと肩口に押し付けてきた。
「もう…Aは意外と意地が悪いよね…」
ぎゅうぎゅうと抱き締める力を強くされて、一静の不安が伝わってくる。
「ごめんごめん。一静に構ってほしくて、つい。」
よしよしと頭を撫でてやると少し安心したのか、こんどは鼻先を首筋にすりつけてきた。やだもう、なんなのこの子。
「でーどーだったのー」
もう完全に甘えモードだ。
付き合い始めて分かったことだけど、一静は甘やかすだけ甘やかしたり、とことん甘えたがったり、時にはさっぱりと話をして眠るだけだったりと、その時によってタイプが変わる。
それが新鮮。
「徹とは元に戻れそうにないなーってことだけは分かったよ」
カチャカチャと食器の音がなる。
こういう返事が良くないと知ってる。
本当は、一静の方が好きとか、もうなんともないって分かったとか、そういう徹を自分から遠ざける言い方が一番だって分かってる。
分かってるけど、しない。
だってどうしたって徹を追い出すことはできないんだ、ごめんね、でもこれが私の本当だから。
一静に誠実でありたいと思う。
愛せるなら愛した方がいいとも。
だけど、だけどね、徹を好きなままでいたいって気持ちから目を反らせないの。
見て見ぬふりをするくらいなら、それで一静を傷つけるなら、ちゃんと見つめて、覚悟をもって、一静を傷つける。
「…そか」
す、と離れるからだ。
リビングへ戻っていく、温かな体温。
どうして一人で抱え込めないんだろう、一人で抱え込むより二人で落ちてゆく方が苦しいなんて。
片付けを終えてソファに腰かける。
隣でテレビを見ている彼に、淹れたてのコーヒーを差し出す。
「ありがと」
こっちを見ずにコーヒーに手を伸ばす彼の肩に、ことりと頭をのせる。
「…一静、ちゅーし、」
“ちゅーして”。
最後まで言わせることなく、ふさがれる唇。
一静は、私が不安に感じてると思えば、手を出さずに話を聞いてくれる。
自分が不安であれば、キスをして、しばらく抱き締めて、それでおしまい。
行為を、寂しさを埋め合う道具にしたくないって。
ふたつの気持ちを抱えて私を抱いていたあの人とは、大違いだ。
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radio-co.(プロフ) - 励ましのコメントありがとうございます!文庫化なんて畏れ多いです汗 言葉を大事にしすぎて一言一言が重苦しくなるのが欠点でして……。もう少しラフに書けるといいなー書きたいなーと思っています笑 これからも是非応援宜しくお願いします(/\)\(^o^)/ (2017年12月29日 16時) (レス) id: ee8f50fb78 (このIDを非表示/違反報告)
radio-co.(プロフ) - どっどっどうもありがとうございます!(#^.^#) 文章力とストーリーの両方を誉めて頂けるなんて、これほど嬉しいことはありません!あやせさんのこの言葉を励みに更新頑張っていきますので、これからも温かく見守ってくださいね。 (2017年11月29日 17時) (レス) id: ee8f50fb78 (このIDを非表示/違反報告)
あやせ(プロフ) - あっあっあの、好きです(語彙力) 引き込まれるストーリーと綺麗で丁寧な文章表現、本当にすごいなと思いました。これからも応援させていただきます…!! 更新楽しみにしてます〜(*^^*) (2017年11月22日 16時) (レス) id: a236a20ef8 (このIDを非表示/違反報告)
radio-co.(プロフ) - ユラさん» 大変な誉め言葉をありがとうございます!汗 更新が不定期で申し訳ありません。ここから皆の恋愛が動いていきますので、これからもどうぞよろしくお願いしますね。 (2017年10月2日 16時) (レス) id: ee8f50fb78 (このIDを非表示/違反報告)
ユラ(プロフ) - 凄く大人っぽいのに読みやすくて、あっという間に夢中でした!やばいこれ超良作じゃん!とか言って一人で騒いでます笑。及川くん達のこれからがとても気になるので、更新、お願いします!! (2017年9月26日 0時) (レス) id: 9a45404af6 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:phobia | 作成日時:2017年2月18日 10時