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気が付くと、私は道端に立っていた。
目の前には、いつもの糸目をいっぱいに、まんまるに開いた名探偵。
「ああ、よかった」
ぽつりと言葉をこぼせば、名探偵は真ん丸な目をみるみる吊り上げて、頬を、ドングリを詰め込みすぎたリスみたいに膨らませた。
「ほんっとうに自分勝手!!!」
そう怒鳴られ、今度は私が目を丸くする番だった。
見れば、名探偵の持つクッキーを入れた袋も、少しでも罪悪感を減らそうと入れた手紙も、ぐしゃぐしゃに潰れてしまっていた。
少し俯いて、首をかしげて、思った以上に好かれていたことを確認して、肩をすくめて。
それからまた名探偵を見上げて、誤魔化すように笑みを浮かべた。
「すまなかったね」
「思ってもないくせに」
苦しいくらいに抱き締められて、ぐしゃり、と、彼の手に握られたものがつぶれる音を聞く。
粉々になったクッキーは、後でチーズケーキに変身させよう。
そう思いながら、私は静かに名探偵の背中に手を回した。
「名前を思い出すのと、私の好奇心を満たすためには、この方法が手っ取り早かったんだ」
「戻ってこれなかったならとか考えなかったわけ」
「考えたさ。考えて、怖くて、見て見ぬふりをした。でも、彼女が背中を押してくれた。私はこの世界で13年間過ごしたんだ。そこで出会った人や積み重ねてきた時間は私の異能力をもってしても消えやしない。だから大丈夫だと。言葉にこそしなかったが、それを一所懸命伝えてくれた。怖いなら、それをしなくてもいいともね。」
頭に聞こえる声が、さっきから楽しそうに笑っている。
ああ、ほんと、君には敵わないな。
「でも、私が前に進むためには、この世界に居てもいいと自覚するためには、一度、私が向こうの世界に変える必要があった。彼女を元の世界に返し、なおかつ、私の異能力として存在するための通路を作るためにも。彼女がね、私に云ったんだ。利用できるものは利用しろって。今の彼女が知っている未来には限界がある。だから、彼女の精神と、私の異能力として存在する彼女の意識をつなぐ必要があったんだ。君の、君たちの力に、これからもなりたかったから」
「別に……いてくれるだけでいいのに」
「ふふっ。君からそんな言葉が聞けるなんてね。おつりまでもらってしまったからには、私も君に誠実でいないと」
私の服を握る手が、震えている。
大丈夫だと、私はここにいるよと伝えるように、名探偵の背中を撫でる。
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作者名:あき | 作者ホームページ:http://http://uranai.nosv.org/u.php/hp/fallHP/
作成日時:2021年4月24日 1時