家族になって十二日目 ページ34
睨み合う両者を片方の背から見つめて、下唇を噛む。
正直にいえば怖かった。足は力が入らなくて震えている。けれど、逃げ出すことも、彼の外套に縋り付くこともしなかった。この男たちに隙を見せては負けてしまうような気がしたのだ。
「やあ、魔人ドストエフスキー。これほど無防備な君と直接対面することがあるとは考えていなかったよ。今日は何が目的だい」
「ふふふ。太宰くん、わからない貴方ではないでしょう。僕は後ろの彼女に興味があるだけですよ。嘗て双黒と呼ばれた貴方たちが、何故その少女に固執するのか。知りたいのです」
「知りたい、ねぇ」
藤色の瞳の男の言葉を繰り返した太宰の声は、地を這うように低かった。腹の底から響くようなそんな音。堪らず足を一歩踏み出したが、すぐに踏み止まった。彼の顔を見ることだけはやめておけと本能が告げていた。
「...そんなに怖い顔をして。ええ、今日は去りますよ。ですがまた近いうちに会うこととなる。そのときには必ず、答えを見つけ出してみせましょう」
衣服を翻して歩いていく男の後ろ姿を見つめる太宰に、意を決して声をかけた。
『どうして私を助けたの』
その問いかけに答えず、振り向くことすらせずに、彼はただひたすら虚空を凝視する。それから何泊か置いて、ねぇと口を開く。
「君は仏教の教えを知っているかい」
『仏教...?』
「日本で最も信仰されていて、世界三大の一つでもある宗教のことさ。仏教といえばまず極楽浄土や地獄を思い浮かべる人が多いけれど、実際は仏教はその世界に行くことを推進してなどいない。天国やら地獄やら、死後の世界を追求するのは他の宗教の方だ」
突然の話に頭がついていかず、首を傾げる。この男は一体何を話しているのか。それが私の質問とどう関係しているというのか。眉間にしわを寄せようと、彼はお構い無しに口を動かした。
「仏教ではね、輪廻転生から離脱することこそ最大の幸福であると説いているのだよ。実に素晴らしい考えだ。移り変わり生まれ変わることが幸せなはずがない、その間に経験する老いや病に対する不安や他人への猜疑心が幸せの源であるはずがない。ゴータマ・シッダールタの教えは、無神論者の私でも信じたくなる。徳を積めばその循環から抜け出せるというのだから」
『何を言っているのかほとんど分からなかったけど、要はその徳を積むために私を助けたの?』
「まあ、そんな認識で構わない」
それだけ告げて、男は私の隣をさらりと過ぎて行った。
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苗代(プロフ) - 彩花さん» コメントありがとうございます。これからも頑張って更新していくので、ぜひご贔屓に。 (2018年7月18日 23時) (レス) id: 4044429dac (このIDを非表示/違反報告)
彩花 - とっても面白くて一気読みしてしまいました!!!これからも頑張ってください!と (2018年7月17日 15時) (レス) id: 2058922f9b (このIDを非表示/違反報告)
#祭鼓*@harigaya mako*(プロフ) - 苗代さん» よろしくお願いしますm(__)m頑張ってくださいq(^-^q) (2018年7月13日 18時) (レス) id: 509492d3f2 (このIDを非表示/違反報告)
苗代(プロフ) - #祭鼓*@harigaya mako*さん» 初めまして、作品を好きだと言って頂けてとても嬉しいです。これからも出来るだけ頑張って更新を続けていくので、これからもよろしくお願い致します。 (2018年7月12日 23時) (レス) id: 4044429dac (このIDを非表示/違反報告)
#祭鼓*@harigaya mako*(プロフ) - 初めまして(*^^*)こんにちは(・∀・)ノこの作品本当に大好きです(*≧∀≦*)更新頑張ってくださいq(^-^q)応援してます(σ≧▽≦)σ (2018年7月12日 23時) (レス) id: 509492d3f2 (このIDを非表示/違反報告)
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