名前のない家族 【文豪ストレイドッグス】

家族になって十一日目 ページ33

学習を始めて丁度一週間が経った頃、武装探偵社には珍しく静かな空気が流れていた。社内には太宰と私の二人きりなのだ。無理もない。

ペンを走らせていた手が止まり、その紙の上に脱力する。なんだか落ち着かない。暑い外とは裏腹に冷房の効いた室内の微かな風が、急に冷たく感じた。

あの遠縁の男の元へ連れて行かれた日も。口煩く私を咎めては働くことを強要してきた家人が、その日の午前はやけに沈黙していて、とても嫌な予感がしていた。そして私は午後に家に預けられ、夜には腹を切られていたのだ。

「いつも通りならいつも通りで煩くて集中出来ないと言う割に、静かであれば寂しく感じるなんて、我儘な子だねぇ」

『別にそんなこと言ってない』

「言わなくともわかるのだよ。まあ、そうだね。外の空気でも吸っておいでよ。進捗も決して良いとはいえないし、今日のような日は換気と同じように気分の入換も必要だ」

口と目を持ってして太宰に促され、溜息を吐きつつ玄関口へと向かう。扉の取手に手をかけたところで待ち給えと呼び止められた。

「長居は、しないようにね」

*

階段を降りた先でぐっと伸びをする。今日は暑いけれども風が心地よい。この横浜という街には、よく風が吹く。明日を感じさせる涼しげな風が。目を閉じてその空気の香りを感じ、肌に染みる温度を感じる。

そうしてゆっくりと目を開けて、私は明日が見えなくなった。

藤色の瞳に意識を鷲掴みにされたのだ。





「こんにちは、お嬢さん。鼠はお嫌いですか？」

藤色の瞳の下には大きくて濃い隈、不健康そうな肌色、痩せ細った身体、ふわふわとした白の帽子。不審者？ わからない、わからないけど。

すごく、怖い。

自身の手は震えたまま。足は何故だか動かない。

「やはり不思議ですねぇ、何故貴方なのか。異能者の周りには異能者が集まる...これは必然です。故に太宰くんや中原くんのような人物の周りには特に、そのような罪に塗れた人間が集まる」

なに、この人は、何を言ってるの。

「三日ほど君を観察させてもらいました。が、異能力を持っているようには見受けられません。何故そんな君の周りに彼らのような罪人が集まるのか。以鼠為璞。僕には理解出来ないのですよ」

未知を追い求める純粋な目が、私をじわじわと追い詰める。距離を縮められているのに恐怖で後退することが出来なかった。

『だ、れか』

助けて＿＿＿＿


そのとき、視界で砂色が広がる。

守るように片手を伸ばした太宰だった。

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