名前のない家族 【文豪ストレイドッグス】

出会って十九日目 ページ20

「A!!」

遠慮もなく扉を全開にして慌ただしく入室する。

荷造りをしていたであろう少女が手を止め、こちらを見たままの状態で固まる。そして少し懐かしそうに前にもこんなことあったねと眉尻を下げて言った。

あと三十分もすれば彼女は此処を出て行かねばならなかった。元々、そういう一時の約束だったから。十分後には車に揺られ、二十分後には施設に引き渡される。

立原の言う通りだ。このガキは、聞き分けが良すぎる＿＿＿＿。

もっと駄々を捏ねてもいい。今までの自身の人生を呪って、怒り狂ったっていい。誰も咎めやしない。だってお前は、まだ十五にも満たない子どもなんだぞ。

「泣かないのか、手前は」

『どうして泣くの』

「施設は嫌だって言ってただろ。そもそも、コミュニケーション能力が皆無な手前が上手くやっていけるとは思えねェ」

『そのやり方を身に付けるために行くんでしょ』

そんなことじゃ泣かない。そう断言して再び荷をまとめ始めるAになんと声をかけるべきなのか分からなかった。まず第一に、自分が何故こんなことをしようとしているのかも分からなかった。

正解や不正解を決めるなら、今から俺がすることは不正解だ。

「......ま」

『え？』

「我儘、言えよ」

その言葉に一瞬目を見開いたものの、少女がそれ以上の反応を見せることは無い。そして小さな声でもう十分言ったよと呟いた。

「我儘かどうかを判断するのは俺だ」

『ッもう言ったよ、散々！ 貴方を困らせてやろうと思って沢山言った。此処に置いてもらったのだってそう。ご飯を食べなかったのも、勝手に出歩いたのも貴方を困らせると知っていてやったの!!』

必死の形相で声を荒げた彼女を、無心で見つめる。華奢な肩を震わせて息をする少女はやはり小さな存在だった。その小さな身体に、生真面目に大人を真似た綿を詰めているだけ。

「だがどれも手前の意思じゃねえ」

『私の意思』

引き下がろうとしない様子にあの日を思い出す。頑固だな、お前も。

思いながら彼女の元へとゆっくり近づいていく。
それから徐に手を上げ、頭に乗せて、撫でた。

『は...』

「最後だぞ、A」



「今日くらい我儘を聞いてやる」

雫がころりと頬を伝った。

ぼろぼろと大粒の涙を流してしゃくりあげる。ようやく、子どもらしい一面を見た気がした。ごめんなさいと何度も繰り返しながら言うのだ。

『我儘だって分かってる、でも、此処がいいッ...貴方がいい！』

目を細めて、ああと頷いた。

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