鮮明 ページ29
鮮明
×××
「先生」
「ええ、どうしました」
先生の手が頭を撫でた。見た目のわりに皮が分厚くて、女の人に撫でられるほどの気持ち良さは感じられない。
けれど、ゆるりと優しく触れるようなそれに無意識に目を細める。先生は吐息をして微笑んだ。
血豆だらけの両手を見下ろして、しんと静まり返った道場の中に流れる風の音に耳を傾けた。
この、何でもない時間が大好きだ。誰が何を発するでもなく、人の気配はしてもそこに私がいないことを感じさせてくれるような、そんな空間。だけど先生はいつも、どこにいたって私を見つける。必ず隣にいてくれる。
先生だけが、そこにいてくれればそれでいいとすら思えた。
「次は、一本取るよ」
ふふ、と笑い声が聞こえる。
嬉しそうで、ええ、ぜひ。と言葉を紡いだ先生を見上げた。
「あなたと銀時が、私を倒してくださいね」
「……どうして?」
「気になりますか?」
そうだね。と小さく呟く。
先生から一本を取ってみたい。そんなことを言って早数ヶ月が過ぎた。今だに勝てないし、なんならいつも瞬殺されてしまう。まだ手加減している方ですよ、と笑っていたあの表情が今だ憎い。
けれど、先生の言う倒す、という意は私や銀時の思っていることとはまた違うように思う――斃す、そんな風な――。
両膝を抱えて、じっと眼前に広がる田畑を眺める。時折鳥が羽ばたいて、黒い影が飛び上がって。何があるわけじゃない。
ずっと、いつまでもここで静かに時を過ごしていたい。
ふ、と先生と視線が交わる。
たまに先生の眼はとても冷たく感じる時がある。
何が、とははっきりできないけれど、何もかもを諦め弛緩してしまったような瞳。
目が合うと、冷たいものというより自分が死ぬ直前に感じる諦観に襲われる。
先生と口に出した。
「……いいえ、いいえ。何も言わないで。あなたは何も言わなくていい。A、あなたはただ前を向いていなさい。いいですか、決して、後ろを向かないで。あなたはあなたを貫きなさい」
その言葉の、全ての真意なんて掴めない。
ただ先生が発したそれらを必死に呑み込んで、口を突いて出たのは薄っぺらい相槌だった。
205人がお気に入り
この作品を見ている人にオススメ
「銀魂」関連の作品
感想を書こう!(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
ルアルア(プロフ) - 無影灯さん» コメントありがとうございます!更新が遅くお待たせしてしまうことも多いかと思いますが、これからも応援していただけると嬉しいです! (2020年3月29日 17時) (レス) id: 013413cedf (このIDを非表示/違反報告)
無影灯(プロフ) - 見入っちゃいました…とても素敵なお話でした!更新応援してます! (2020年3月23日 21時) (レス) id: 26d889b496 (このIDを非表示/違反報告)
ルアルア(プロフ) - 神月さん» コメントありがとうございます!ありがたいお言葉本当に感謝します...相変わらずの低浮上ですが、読者様のお言葉を励みに頑張ってまいります!! (2018年8月30日 10時) (レス) id: 61b26fbf84 (このIDを非表示/違反報告)
神月(プロフ) - 読み応えがすごくあります!次の話がとても気になります!面白いです!作者様のペースで、更新頑張ってくださいね。応援してます! (2018年8月27日 6時) (レス) id: 52a5891399 (このIDを非表示/違反報告)
ルアルア(プロフ) - ginさん» コメントありがとうございます! 更新は相変わらず遅いですが、面白いと思っていただけるような作品を目指して頑張って行きます! (2018年7月8日 9時) (レス) id: 013413cedf (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名:ルアルア | 作成日時:2018年4月7日 3時