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「市川さん、口開けて」
突然言われたが言われた通り口を開けると口の中に何か甘いものが入ってきた。
それがチョコだとすぐに気づいてもごもごと口を動かしながらありがとうございますと伝えると少し笑いながらどういたしましてと返事が返ってきた。
おいしい。甘くて、ほんのり苦いチョコレート。
甘い、けれど苦い、何故だか心がキュッと苦しくなった。
初めての外回りは三社回って再び会社に戻ってきた。
もうすぐ昼休みに入るところで、デスクに戻ると松川さんに「午前はもう休憩していていいよ」と言われたのでパソコンで社内メールに目を通して部類分けして休憩に入る。
とは言っても休憩時間までデスクでゆっくりしているだけなのだが。
松川さんは先に喫煙室に向かっていくのが見えた。昨日のほんのり香った苦い匂いからそうなのかなと思い聞いてみたら案の定喫煙者だった。
喫煙室はガラス張りで私のデスクから近く、よく見える。
あ、松川さんは紙煙草なんだ。紫煙をくゆらせる松川さんはどこか遠くを見ているような、虚ろな目をしている。
「Aちゃん、まっつんのことずっと見てるけど、好きなの?」
突如聞こえた声に肩がビクッと激しく揺れた。耳元で言われて、バッと横を見ると及川さんがにこにこと笑っている。神出鬼没か、この人。
「いえ、別に……好きとか、そういうのわからないので」
「えっ、意外。恋多き乙女だと思っていたよ」
「あはは、よく言われます」
苦笑交じりに返事をすると及川さんは真剣な顔をになり、「まあでも」と言葉を続けた。
「まっつんはやめておきな」
「え?」
聞き返したところで及川さんは手をひらひらと振って松川さんのいる喫煙室へ歩いて行ってしまった。
それは、及川さんからの1回目の忠告であったことは後に知ることになる。
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作者名:お湯 | 作成日時:2019年5月9日 19時