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“Aちゃんの髪の毛”
ドキリと、一瞬だけ、心臓が止まったような気がした。ぼそりと呟いた松川さんの言葉はエレベーターが歪な音を立てているだけのこの空間の中とこの距離のせいで耳にしっかり入ってきてしまっている。
ガタン、と音を立てて止まったエレベーター。
同時に開くドア。松川さんに「お先にどうぞ」と声をかければ「ありがと」と返ってきた。
聞かなかったことにしよう。もし、あの声量が態とであったら、本当に松川さんは酷い策士である。
先に降りた松川さんに続いて私もエレベーターを降りて彼の後ろを歩く。受付の前を通るが勿論いつもいるかわいい受付嬢のお姉さま達は居るはずもなく、静かすぎる受付を通り抜ける。
会社を出たあたりで松川さんがクルッと後ろを振り返り、立ち止まった。思わず私も立ち止まれば松川さんは私に向かって歩き出した。え、なに!?と動揺している私の左手を握り、ずんずんと歩き出す。
さりげなく道路側を歩く松川さん。突然のことに心臓がうるさく鳴っている。一体どうしたのか、おろおろしつつも松川さんに尋ねる。
「急にどうしたんですか松川さん」
「後ろにいると見えないし、なにかあったときすぐに気づけないでしょ?」
そういって微笑む松川さん。ああ、もう、態とだったら蹴り飛ばしたい。ゆっくりと松川さんに侵食されていく心。わかってる、この気持ちの正体なんて、でも気づかないように、そっと蓋を閉める。
あわよくば何て思っていない訳じゃない。けれど、なんでかな。自分でも理由はわからないけれど、この人を好きになってはいけない。そんなきがしている。
ふと、思い出す。及川さんの、あの意味深な言葉。
“まっつんはやめておきな”
この言葉がどうにも、心のカギをロックする。無意識のうちに心に鍵をかけて『上司』という言葉でさらに鎖で固く閉じて奥深くに隠していた。
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作者名:お湯 | 作成日時:2019年5月9日 19時