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「ドルー! ドルーを返せ!」
そう叫ぶ声。
ふと彼、は侯爵の肩ごしにその声の主を見た。声の主の少年は――ケントは、彼のように怒り狂ってなどいなかった。しかし、悲しみに沈んでいるわけでもなかった。
ただまっすぐな瞳で、許さない、と強く意思を抱いているだけだった。
それは、決して畜生という呼び名がふさわしいとは言えない、一人の人間の瞳だった。
――対して、自分は? 熱の取れた視界が、ふと下へ向く。
そこにあったのは、おおよそ人の手とは思えぬほど爪がむき出しになった醜い何かがあった。正義や、弱きもののためではない。己を充足させるためだけの、純粋な暴力しかそこにはなかった。
それに気づけば、先ほどの思考はすべて必然だった。純粋な暴力に、恐怖などあるはずもなかった。忘れていた。――彼が怖かったのは、侯爵の存在そのものだったのではない。
『さすがだぜ、ユアン! やっぱお前が、俺らの中でいちばん賢いよ!』
怖かったのは、仲間を失うことだった。だから誰もが、ベアマンといえども己の力のみを信じて行使するのではなく、皆が生き残るという最善を目指して戦った。
そう、それは彼らも同じで。
そんな子供たちの前で――こんな美しい瞳をした。もう、俺の中では失いかけているものを持った。声にならない声を漏らす。
そして一度目を閉じ、深呼吸をした。思い出せ、思い出せ、思い出せ。俺は何のためにここに立っている。
三度。ようやく体が極度の緊張状態から解かれ、爪がいつもの状態へと引っ込む。
そして彼は、静かに一歩ずつ歩を進めた。狩猟者が、獲物に気取らせないとするような要領で。
寡より多を取れ。――そしてその寡が俺なら、それに越したことはない。
こんな醜い、過去の遺物のような男より、美しい未来のある子供たちを。
ただ彼は、冷静に歩いた。そして、侯爵の背後に立ち――爪がまた出ることのないように用心しながら、その肩に手を置いた。
「だったら俺でも文句ないよな、侯爵」
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紫清(プロフ) - 嵩画さん» 温かいお言葉ありがとうございます! 読んで下さる方がいるということが何よりの励みになりますので、今後ともよろしくお願い致します。 (2020年3月16日 18時) (レス) id: 840643cfcd (このIDを非表示/違反報告)
嵩画(プロフ) - 毎回更新される度にわくわくしながら読ませて頂いております…今後の展開が非常に楽しみです。お忙しい時期だとは思いますが、頑張って下さい。 (2020年3月16日 17時) (レス) id: 34e937d538 (このIDを非表示/違反報告)
紫清(プロフ) - ももせさん» ありがとうございます! 長くなりそうですが、お付き合い頂ければ幸いです。 (2019年9月26日 0時) (レス) id: 85ba6a0490 (このIDを非表示/違反報告)
ももせ - 小説版すごく楽しみにしていました!今後の展開が気になる…更新楽しみにしてます!! (2019年9月23日 23時) (レス) id: a031215c05 (このIDを非表示/違反報告)
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