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無駄な物には蓋をして ページ38

――とにかく、早く状況を確認しなくては。
 馬のいななきを聞いてから、エミリアはその音のした西の方角へ走っていた。やけに広いこの邸宅、自分の足で移動するには遠さがもどかしい。「西」なんて漠然とした場所が目的ならなおさら。
 足を動かすたびに、先ほど男に殴られた脇腹が鈍く痛む。けれど止まれない。止まっている暇など自分にはない。
 本当は今すぐ座り込んで、剣なんか投げ出したい。もっと若ければ、幼子のように空を仰いで泣きわめくことも望んだだろう。助けて、もう嫌だ、とみっともなく叫んで、私なんかより強くて立派な人に「もう大丈夫だよ」と笑いかけてほしい。
 心のどこか。布団の中、傘の下の雨の日にふとよぎる考えだ。ずっと、実はずっとそう思い続けていた。そう、兄が死んだ、父が死んだあの日から。自分を無条件で保護下に置いてくれる人々がいなくなった日から。私が、家庭内で最も強い存在となってしまったあの日から。
もともと彼女自身、わがままな人間だというわけではない。むしろ、昔から同年代の人間と比べればおとなしく、植物の観察やちょっとした実験など、自分の好きなことができれば満足、という子供だった。
 けれど、感情も抑えれば抑えるほど肥大化していくものなのか。普段「完璧な部下」としてふるまっているはずの彼女は、時折こうして説明不能な欲求が頭の中で渦巻くのだった。そしてそんな時、彼女は決まって。
 ――意味がない、こんな思い!
 そう、浮かびかけていた頭の中の父と兄の顔を、墨で黒々と塗りつぶした。今はいらない。こんな感情は無駄。切り捨てなければ。そんなことを考える暇があれば、さっさと敵の居場所を割り出す方に思考を割け!
 残像を振り払うように走るスピードを上げる。大きく右足を振り上げた瞬間、それに伴って脇腹も強く痛んだ。一瞬眉間に皺が寄るが、過度なこわばりはすぐに弛緩して。
 ――となるはずだった。完全に油断していた。急に襲ってきた後頭部への強い衝撃。それはちょうど、遠い日の残像と、目的地への意識と、脇腹の痛みが交差した瞬間のことだった。思考の限界を超えて入り込んできた情報に、わずかな間彼女の思考は止まった。そしてそのため体勢を整える間もなく、勢いのまま地面へ倒れ伏す。手をついたが少し遅れ、額と鼻が頭の重さで押し付けられる。鋭利な石でもあったのか、眉上のあたりに刺すような痛みがあった。

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紫清(プロフ) - 嵩画さん» 温かいお言葉ありがとうございます! 読んで下さる方がいるということが何よりの励みになりますので、今後ともよろしくお願い致します。 (2020年3月16日 18時) (レス) id: 840643cfcd (このIDを非表示/違反報告)
嵩画(プロフ) - 毎回更新される度にわくわくしながら読ませて頂いております…今後の展開が非常に楽しみです。お忙しい時期だとは思いますが、頑張って下さい。 (2020年3月16日 17時) (レス) id: 34e937d538 (このIDを非表示/違反報告)
紫清(プロフ) - ももせさん» ありがとうございます! 長くなりそうですが、お付き合い頂ければ幸いです。 (2019年9月26日 0時) (レス) id: 85ba6a0490 (このIDを非表示/違反報告)
ももせ - 小説版すごく楽しみにしていました!今後の展開が気になる…更新楽しみにしてます!! (2019年9月23日 23時) (レス) id: a031215c05 (このIDを非表示/違反報告)

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作者名:紫清 | 作者ホームページ:なし  
作成日時:2019年9月23日 23時

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