検索窓
今日:12 hit、昨日:44 hit、合計:15,390 hit

ページ31

ぐい、と彼の顔がエミリアの耳に近づく。

「――当たった、なんて思いこむんじゃねえぞ。これは保険代わりだ」

 笑う彼の口から、鋭い歯がのぞく。赤暗い口腔に、白いそれは気味悪く映えた。
 剣が動かなかったのは、彼が握っていたからであった。もちろん刃の部分も握っているのだから、手のひらからは血が滲んでいることだろう。手のひらから、ぎりぎりと音が聞こえるのは、事実か幻覚か。とにかく、それほど強く刃を握り締める様子からは、一種狂気を感じられるほどだった。黄金の濁った瞳は、死者のごとく瞳孔が開ききっている。
 そのあまりにも覚悟が決まり切った様子に、エミリアの瞳が一瞬、揺らいだ。先ほどのシトの言葉、そしてそこから蘇った自分の知識も重ね合わせて。
 ――トーカーもプロトも、ベアマンも全て生物学上は人間、ということくらいエミリアも承知の上だ。そして、それらはすべて「動物」であることも。
 けれど、それがどうした。奴らは、奴らは、奴らは。そして、私は。刹那、ベアマンによって変わり果てた姿となった兄の最期がよみがえる。さらに、そこから――

「お、どうした? 怖気づいたか? 思うところでもあるのかぁ?」

 上がった息で話しかけてきたシトに、エミリアは眉根をひそめる。
 止めろ。ここは通過点だ。
 そう彼女は、正気に返ろうと一度己の下唇を噛みしめた。
 剣の柄を強く握り、唱え、踏み出す。

「『That’s one small step for man, one giant leap for mankind.』」

 ――そう。あくまで彼女の言霊は「移動時間を短縮する」だけ。移動場所は視界に入ってさえいればいい。彼の肩ごしの場所など視認するのは容易だった。
 重い音と共に、彼女の背後でシトは膝をつく。
 抜けないのなら、とそのまま貫いたのだった。刃も、柄も、そして――も。彼女の制服から覗く白かったシャツは、真っ赤に染まっていた。一度彼女が下ろした剣の切っ先から、ぽたりぽたりと暗色の血液が雫としてこぼれる。
 倒れ伏したその音に、エミリアはひとつため息をついた。
 しかし同時に、それをかき消すように遠くで馬のいななきがした。こんな時間に、と彼女はいぶかしげにその方向を見る。
 ――ゆえに、地に相対したシトがひそかに口角を上げていることなど、彼女が気づく由もなかったのだ。

合流→←*



目次へ作品を作る感想を書く
他の作品を探す

おもしろ度を投票
( ← 頑張って!面白い!→ )

点数: 10.0/10 (82 票)

この小説をお気に入り追加 (しおり) 登録すれば後で更新された順に見れます
31人がお気に入り
設定タグ:言葉は刃 , ファンタジー , バトル , オリジナル作品
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告

感想を書こう!(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)

ニックネーム: 感想:  ログイン

紫清(プロフ) - 嵩画さん» 温かいお言葉ありがとうございます! 読んで下さる方がいるということが何よりの励みになりますので、今後ともよろしくお願い致します。 (2020年3月16日 18時) (レス) id: 840643cfcd (このIDを非表示/違反報告)
嵩画(プロフ) - 毎回更新される度にわくわくしながら読ませて頂いております…今後の展開が非常に楽しみです。お忙しい時期だとは思いますが、頑張って下さい。 (2020年3月16日 17時) (レス) id: 34e937d538 (このIDを非表示/違反報告)
紫清(プロフ) - ももせさん» ありがとうございます! 長くなりそうですが、お付き合い頂ければ幸いです。 (2019年9月26日 0時) (レス) id: 85ba6a0490 (このIDを非表示/違反報告)
ももせ - 小説版すごく楽しみにしていました!今後の展開が気になる…更新楽しみにしてます!! (2019年9月23日 23時) (レス) id: a031215c05 (このIDを非表示/違反報告)

作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ

作者名:紫清 | 作者ホームページ:なし  
作成日時:2019年9月23日 23時

パスワード: (注) 他の人が作った物への荒らし行為は犯罪です。
発覚した場合、即刻通報します。