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騎士は男のネズミのような耳を引っ張り、無理やり立ち上がらせる。
人は、暴力に圧倒されると何もかもを見失う。無論、男にももはや抵抗する気力などない。騎士に対する憤りも、先ほどまで抱いていた、腹をすかせているであろう仲間たちへの心配すらも消えていた。
「そんなこの世で最もいらん存在として生まれてくるとは、運がないなあ、てことや。まあ、王様は寛大やからね。たとえ畜生とはいえ、息をするくらいは許してくれはるらしいで? それに感謝して、生まれてきたことを恥じながら、せいぜい平和のために働きや」
やたら重苦しく乾いた音とともに、男の両手首に手錠がはめられる。
建物と建物の間から漏れる、やたらまぶしい太陽光を受け、それは鈍く光る。
ずっしりと手にかかる重みを感じれば――なるほど。確かに俺は劣った存在なのかもしれない。そのようにさえ、不思議と感じられた。
対して、騎士が握る手錠とつながった鎖の音はどこか軽い。うつむく男を一瞥もせず、騎士は先を歩み始めた。
「あ」
そのまま引きずられる男は、思わず声を出した。彼の視界の端に、この事件の前に手に入れた、じゃがいもの入った麻袋が見えたのだ。泥水をかぶって袋は汚れてしまっているが、中のものは洗えば食べられるに違いない。
あいつらに届けなくては。もう3日間もまともな食事をしてないのだから。差し込む光に照らされながら、今更ながらに自分の目的を思い出した。
思いが通じたのか、くるりと騎士が振り返る。
「あの、どうか――」
「そうやなあ」
騎士の表情は、少しも動きを見せない。
一瞬の間に、男の期待は膨らむ。もしかしたら、もしかしたら。騎士とはいえ、その身に流れる血の暖かさは同じであるはずだ、と。
「ガキがおるんやったか。その子もぼちぼち捕まえとかんと、な。悪は芽のうちから摘むのが重要やさかい」
そう言ったきり、また騎士は踵を返してずんずんと進む。
彼の視界に、光はもうない。
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紫清(プロフ) - 嵩画さん» 温かいお言葉ありがとうございます! 読んで下さる方がいるということが何よりの励みになりますので、今後ともよろしくお願い致します。 (2020年3月16日 18時) (レス) id: 840643cfcd (このIDを非表示/違反報告)
嵩画(プロフ) - 毎回更新される度にわくわくしながら読ませて頂いております…今後の展開が非常に楽しみです。お忙しい時期だとは思いますが、頑張って下さい。 (2020年3月16日 17時) (レス) id: 34e937d538 (このIDを非表示/違反報告)
紫清(プロフ) - ももせさん» ありがとうございます! 長くなりそうですが、お付き合い頂ければ幸いです。 (2019年9月26日 0時) (レス) id: 85ba6a0490 (このIDを非表示/違反報告)
ももせ - 小説版すごく楽しみにしていました!今後の展開が気になる…更新楽しみにしてます!! (2019年9月23日 23時) (レス) id: a031215c05 (このIDを非表示/違反報告)
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