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「――もういいぞ、服を着て休め。これから組織で話し合って、お前達のことは必ず助けるから」

 そう言うなり、ユアンはケントの方を一瞥もせず足早に部屋を去ろうとする。その様子に不安と心配を感じたケントは声をかけようとしたが――やめた。ユアンが椅子から立ち上がった瞬間、彼の髪から塩辛い水滴が飛んだからだ。さっきまで、汗一つかいていなかった彼から。せめて部屋を出るまでは、と表情も固くなりすぎないよう気を使っていたようだが、その顔からは色が完全に抜けていた。
 ドアノブを回し外へ出て、彼は背中でドアを閉める。ひゅう、ひゅうとやけにうるさい空気の音。そしてそのまま体重を扉に預け切り、ずるずるとへたり込む。背からの冷や汗は止まらず、落ち着こうとしても呼吸は暑い日の犬のように荒いまま。目の前の土壁が、眺めていくうちにだんだんと冷たい石壁が見えてきて、おまけに、目の前にはあの、忘れたくても忘れられない下卑た笑みが。雷電が。実際に見てはいないのに、なぜかありありと想像できる黒焦げの親友が。

「違う」

 喉から声を縛りだすとともに、爪で強く己の喉を刺激する。生ぬるい液体の感覚がした。痛みで視界がゆがむと、「それら」はまたうずまいて姿を変える。飢え、絶望、自己嫌悪。
 液体がシャツの中まで伝った頃、ようやく「それら」は消えた。ふう、と大きく一度息を吐くと、どっと頭の方から汗が出た。すう、と吸うと、ようやく血が体中を廻り始めた心地がした。それを三度ほど繰り返し、ようやくユアンは立ち上がる。

 彼は大股で歩き出す。「それら」が追いかけてくるのを恐れるように。振り払うように。
 今、彼の脳内は一色に染まっていた。こんな思い出すだけで動けなくなるような感情、他に昇華せねばやっていられない。
 だから、そう。早く、早く、早く早く早く早く――

「デニス・アクロフ侯爵……奴を、俺は──」

 デニス・アクロフ。
それは、ケントの背にあった紋の主であり、かつてのユアンの「所有者」であり、そして、彼の親友を死に追いやった人物の名である。

彼の背中→←そして、悪夢の続き(一)



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紫清(プロフ) - 嵩画さん» 温かいお言葉ありがとうございます! 読んで下さる方がいるということが何よりの励みになりますので、今後ともよろしくお願い致します。 (2020年3月16日 18時) (レス) id: 840643cfcd (このIDを非表示/違反報告)
嵩画(プロフ) - 毎回更新される度にわくわくしながら読ませて頂いております…今後の展開が非常に楽しみです。お忙しい時期だとは思いますが、頑張って下さい。 (2020年3月16日 17時) (レス) id: 34e937d538 (このIDを非表示/違反報告)
紫清(プロフ) - ももせさん» ありがとうございます! 長くなりそうですが、お付き合い頂ければ幸いです。 (2019年9月26日 0時) (レス) id: 85ba6a0490 (このIDを非表示/違反報告)
ももせ - 小説版すごく楽しみにしていました!今後の展開が気になる…更新楽しみにしてます!! (2019年9月23日 23時) (レス) id: a031215c05 (このIDを非表示/違反報告)

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作者名:紫清 | 作者ホームページ:なし  
作成日時:2019年9月23日 23時

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