残り香 ページ28
「おい、どうした」
徐に立ち上がった私の耳に金田一の声が空気を伝って流れてくるが、返答している余裕なんてなかった。
「いないのかな」なんて小さく呟いて背伸びを繰り返して教室内を覗き込むその先輩の背後に立った私は、空気をすん、と嗅いでは誰にもわからないくらいに軽く眉を顰めた。
「国見、ですか？」
声を明るめて尋ねた私に、先輩は驚いたように振り返った。
本当に見れば見るほど綺麗な人だ。
「あ、及川の後輩の、」
「Aです」
売店で会ったときに自己紹介を忘れていたなと改めて名乗ると、先輩もその形の良い唇を妖艶に動かして静かに名乗った。
「国見なら、ついさっきあっちの方に行きましたよ」
＿＿＿＿貴方を探しに。
それを伝えない私は悪い女だろうか。
皮肉めいた言葉を呑み込んで国見が角を曲がった先を指差すと、先輩は「そっかぁ」と若干残念そうに肩を落とした。
なんで、国見なんだろう。貴方は及川さんとお似合いじゃないですか。国見じゃなくたっていいじゃないですか。
「あ」
と、いつの間にか私のすぐ背後に立っていた金田一に、先輩が短く声を上げて何かを差し出した。
私の隣に立って透明なプラスチックケースを金田一に渡した先輩からは、なぜかあの時のラブレターに染みついていた香りはしなかった。
「今日及川主将会議だから、一年生に渡してって頼まれて」
「この間の練習試合のＤＶＤっすか」
月曜部活休みでしょう？と付け足した先輩に、金田一が「あざす」と短く返事をして受けとる。
金田一と並ぶ先輩は余計に小さくて、可愛く見えてしまうことが本当に悔しくて。
「じゃあそれだけ。国見ちゃんにもよろしくね」
そう言った先輩は、柔らかな髪を揺らして立ち去って行った。
――――残ったのは香水の匂いではなく、優しい柔軟剤の香りだった。
「おい、大丈夫か」
先輩の後ろ姿をぼうっと眺める私の視界に、金田一の大きな手が上下する。
ぼやけたその視界にツンツンとした髪をした彼を捉えては口を引き結んだ。
国見と先輩が相合傘をしていたのを目撃したあの日、貴方相手に勝てる気がしないと漠然と思ったことを思い出しては、唇を噛んだ私を、金田一は不思議そうに見ていた。
―――‟国見ちゃん”
そう呼んだ先輩のハスキーな声と優しい香りで、私の頭はおかしくなりそうで、平常心を保つのに必死だった。
＿＿＿＿そして、今日は月曜日。
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小鈴(プロフ) - 楓鈴さん» コメントありがとうございます！そう言っていただけて本当に嬉しいです！パスワードはメッセージにてお送りさせていただきますのでご確認ください！ (2022年8月18日 15時) (
レス) id: ae1e2047a9 (このIDを非表示/違反報告)
楓鈴(プロフ) - 小鈴様の作品どれも面白くて一気読みしてしまいました(笑)素敵なお話、ありがとうございます。その…恋愛保護方針論の小説を読みたいです…！パスワードを教えて下さいませんか。コメント失礼しました。 (2022年8月6日 0時) (レス) id: 20d25d3656 (このIDを非表示/違反報告)
小鈴(プロフ) - 夕月さん» コメントありがとうございます！古い作品の中からわざわざ読んでいただき嬉しい限りです！パスワードはメッセージにて送らせていただきます！ (2022年7月23日 0時) (レス) id: ae1e2047a9 (このIDを非表示/違反報告)
夕月(プロフ) - こちらの作品や小鈴様の他の作品を拝見して今更ながらファンになりました。2年以上前の作品にはなりますが、「恋愛保護方針論【HQ】」も拝読したく、パスワードをお教えいただけないでしょうか。このメッセージに気付いてもらえますように。 (2022年7月21日 11時) (レス) id: 2778bc399a (このIDを非表示/違反報告)
小鈴(プロフ) - 月花さん» コメントありがとうございます！お返事遅くなってしまったので、まだ見られているかわかりませんが、パスワードをメッセージで送らせていただきますね！ (2021年11月4日 19時) (レス) id: 3ef1db8aa1 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名：小鈴
| 作成日時：2019年12月3日 22時
