malus＿1 (ページ31)

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どうして、どうして俺を選んでくれないんだろう。

「…センラ？」

眉を寄せて、口の中を噛む。
鉄の匂いが自分の中で広がって、不快感を覚えた。

俺だったら幸せにできるのに。俺だったら泣かせたりしないのに。俺だったら浮気もしないし、一途に愛してやれるのに。俺だったら、俺だったら。

Aは、俺以外と愛し合っても幸せになれるはずがないのに。

「ねえセンラ、口の端から血出てる。センラってば、」

何処までも馬鹿だ、愛おしいぐらいに。

『…あー、口ん中めっちゃ気持ち悪い。グジュグジュする』

「え、大丈夫？口濯ぐ？」

俺の顔を覗き込む彼女の服の襟を掴んでキスができる寸前のところまで顔を寄せた。

Aは少し驚いた様な顔をした後、また「センラ？」と俺の名前を呼ぶ。
そんなAの言葉を遮る様に、腰に腕を回して小さく呟いた。

『キスしよ』

彼女の耳にそれははっきりと届いた様で、今まで見た事もないような顔をした。
ぶわっと顔を赤くする彼女に『意外と初心な反応できるんや』なんて呑気に頭の片隅で思う。

こいつとこれまで付き合ってきた奴らは、この顔を何十回と見たのだろうか。
そう思うとまた真っ黒なナニカがぐるぐると纏わり付いてくる気がした。

『…何その顔、ダメなの』

「だ、ダメっていうか…」

『色んな奴としてる癖に』

自分では、あまり独占欲の強い方ではないと思っていた。

男と出かける？ああどうぞご勝手に、なんて言う冷たい人間だと自分で思い込んでいた。嫉妬なんて馬鹿らしいとすら思う。
だけど彼女の事となれば本当は嫉妬も嫌って程してるし、彼女が俺以外の奴と付き合っているのはやはり気が気でなかった。

「それは…別に付き合ってたからだし」

『じゃあ俺らも付き合えばええやんな。だってあの男ともう別れたんやろ？』

「そう、だけど」

彼女は眉を下げて如何にも困っているような仕草をして俺の肩を押す。

俺からしてみれば彼女の力なんて子供ぐらい弱々しいものだ。それに動じず床に押し倒そうとすると、Aの瞳に涙が浮かぶ。

「や、やだ、センラ…ていうか、そういうつもりで呼んだ訳じゃないし…」

Aが小さく呟いたその言葉にあー出た出た、と目を伏せる。

Aの決まり文句、「そういうつもりじゃない」ってやつ。
思わせ振りな態度を散々とっておいて、食いついたらこれだ。