【5 前編】はじまりのスプラウト ページ9
長い説明ができるほどの猶予はありません。
左右に散開し、少々の目配せ。自分の胸を叩いた後に魔物さんを指し、続いて掌で冒険者さんを指します。
冒険者さんはあからさまに瞠目しましたが、躊躇いがちに首を縦に振り、指でバツを作ってから自分に親指を向けました。
"任せるが、失敗したら自分が行く"。
わたしが頷くのを合図として、二人で魔物さんへ向き直ります。使うのは、魔法の中でも最下層に位置するもの。必要なルーンは単純で、消費魔力は極小。
暴発を防ごうという気が感じられないたった一言の詠唱文は、仮にしてしまったとしてもさして問題ないからでしょう。
宙に描いたルーンの中央に杖を翳し、息を吸います。
｢"花よ舞え"！｣
ルーンが淡い輝きの中に消えると、魔物さんの近くに光の球が現れました。すかさず杖を横振りして球を割り、色鮮やかな花弁を魔物さんの上へ降らせます。緩やかな滝と形容できるほど注がれる花弁。魔物さんの周辺は、たちまち花畑と見紛うほどの彩りに満ちました。
｢何しとんね！？やっこさん祝ってどうすんじゃ！｣
傍から飛んでくるのは当然の反駁。ごもっともです。もしも同じ魔法を見かけたことがあるなら、おそらく本来の使われ方――祝い事か子供の戯れの場でのことでしょう。
そう、だからこそ。攻撃のために在る魔法ではないからこそ、都合が良いのです。
花弁がうっすらと積もり始めたのを確かめてから、大袈裟な素振りで杖を回し、高々と天に掲げて魔物さんの注意を引こうと試みます。
一瞬呆気に取られた後、すわ作戦失敗かとばかりに臨戦態勢を取ろうとする冒険者さんが視界の隅に入り、内心慌てつつ声をあげました。
失敗なんてとんでもない。
肝要なのは、これからなのですから。
｢火を！｣
わたしの動作を挑発と見て、魔物さんが触腕を伸ばします。立ったまま動かないわたしをすぐさま縦振りで押し潰そうか、払いで飛ばしてから確実に仕留めるか、思案するような間がありました。悠々と時間をかけ、ついに魔物さんが払いの構えを取ります。一度成功しているからそちらを選んだのかもしれないと思うと、腹の傷が微かに痛んだような気がしました。
わたしには、これから飛んでくるであろう触腕を避けることができるほどの動体視力も、体力もありません。
あとはどちらが早いかの問題です。わたしの冒険者人生が終わりを告げるか、それとも――
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作者名：小春 | 作成日時：2022年7月20日 16時
