【4】宵待ちミーティア ページ19
「……清らかな心が穢れるので、俗世の物に触れてはいけないと聞かせられてきたんです。
だから、本当に夢みたい。こうしてお祭りに来られるのも、並んで飴を食べられるのも」
山椒さんは静かに目を瞠って眉を歪め、一瞬こちらへ戻していた視線をついとまた外へ向けます。
「それがお前さんの信じる教えなら、悪ィことをしちもうたの」
「とんでもありません。こんな素敵なものを知ってはいけない世界なんて、そちらのほうがわたしにとっては濁世です」
含んだ飴は今やずいぶん小さくなり、伏した瞳には黒々とした路だけが映ります。初めてあの告知書を見た時のときめきと足の竦みが脳裏に甦り、知らず己の肩を抱きました。
「……付き合わせてしまって、ごめんなさい。一人で来るのは……悪いことをしているみたいで、怖くて」
娯楽ははしたない贅沢で、清貧貞淑からは程遠いのだと、母親代わりのシスターの叱咤さえありありと聞こえてきます。
恐ろしい幻聴がぱたりと途絶えて、愉快な祭り囃子がふたたび耳に届いてきたのは、山椒さんと歩いていることを思い出してからでした。
腕を下ろし、未だこちらを見ない振りをする山椒さんに笑いかけます。
「――ありがとうございます。一緒に来てくれて。わたしの呪いを解いてくれて」
「……だから、大袈裟っちゅうんじゃ」
山椒さんは面映ゆそうに苦笑して、飴の無くなった棒を見るわたしの頭に手を置きます。
「飴ひとつで満足するにゃあ早いぞ。錠菓子も焼菓子も食うとらんじゃろ。空の雲を取ってきて菓子にしたもんもある」
「えっ、雲」
ぱっと眉を開けば、企み笑顔が返りました。
「菓子だけじゃあない。玩具籤、投げ輪で遊べる店もある。遊び方がわからんなら某が教えちゃろう。来い」
山椒さんは呑気な足取りで前に出て、半身振り返ります。その瞬間、なぜだか胸の内を郷愁が一撫でして行ったような気がしました。
東方で暮らした記憶はありません。山椒さんが覚えるそれを感じ取ったのかもしれません。あるいはその背中に、物心つくよりずっと前、どこかにいたはずの父の影を重ねたのかもしれません。
それともと続きそうになる思考を、いけないとばかり意図して止め、そのまま纏めて取り払います。
憂慮など野暮にも程があります。
今眼前にするものは、花より飴より遥かに脆い、
刹那の夢に違いないでしょうに。
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作者名:小春 | 作成日時:2022年7月20日 16時