【1】宵待ちミーティア ページ15
地図からも記憶からも忘れ去られた、戦火の後の廃墟街。時の死んだその町で、比較的きれいに形が残っていた酒場跡を、彼は休息に使っています。
基礎部分しか残っていない家屋がほとんどですから他と見紛うことはありませんが、強いて言うならば、途切れ途切れにネオンを宿す大きな看板と、掠れた｢開店中｣の下げ札が目印でしょうか。
窓硝子が少し残っているのも、この町の建物としては珍しいことです。
わたしの住む中心街からは、険しい道を上がり下がり、往復で一刻ほどかかります。暑いときは汗を拭い、寒いときは二の腕をさすりながら、わたしは週に三度から四度、彼の元へと赴きます。
諸々の理由は割愛しますが、わけあってギルドに属することができず、冒険者の生業たる市民の方々からのご依頼も好条件では請けられない彼に代わって、わたしがギルドに属し、密かに依頼書を彼に届けているのです。
今日来た理由も、半分はそうでした。
二枚の紙を後ろ手に持って、わたしは両開きの扉をくぐります。天井の高い広間を通り、カウンターを通り、ひっそり佇む小さな扉を進んで、奥の部屋へ。塵埃に汚れた襤褸のソファに、彼はいつも通り、気怠げに長駆を横たえていました。
こうしている時の彼は、声をかけても体を揺すっても生返事をするばかりで、まともな反応を返しません。いつしか合言葉と化した、この言葉を除いて。
わたしは紙を隠し持ったまま、彼の眼前に屈み込みます。
｢こんにちは、山椒さん。面白い話があるんですけど、聞きますか｣
彼は瞼を持ち上げると、ニッと歯を見せ机上のゴーグルを掴みます。
｢おうとも。聞かせえ｣
【2】宵待ちミーティア→←【7 後編（完結）】はじまりのスプラウト
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 2人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：小春 | 作成日時：2022年7月20日 16時
