【1 前編】はじまりのスプラウト ページ2
最後の森イチゴをサクラさんに譲って、ついに食料が尽きました。
"鎮守の森"へ足を踏み入れてから二刻ほど。
避けられない戦いを幾度か経て、実を成らせるだけの魔力もなくなった今、わたしの短い冒険者人生は、いよいよもって終わろうとしているのかもしれません。
背の何倍もある大木に凭れ、葉の隙間から空を仰げば、故郷の景色が脳裏を過ります。
ああ、思えば数奇な生でした。
一月前まで一介の花売りだったのに、些細な切っ掛けであれよという間に使い魔さんと契約を交わし、気付けば冒険者などという、これまで最も縁遠かった荒事職に転じていたのです。
右も左もわからぬまま、冒険者を名乗るからには冒険へ出ねばいけないのでしょうと、「危険」の立て札を横目に訪れた鎮守の森。
美味と噂の森イチゴをいくつか取って帰るのをひとまずの目標としたのですが、それが致命的な間違いだったことが今になってわかります。
わたしは目標が決まったことに満足して、それ以前の問題を見過ごしたのです。
地図も紙もなく見知らぬ土地へ入るなんて!
呑気な町暮らしが長かったせいで、見知らぬ土地は見知らぬ土地なのだという当然に過ぎるその考えが、されどとんと浮かばなかったのです。
今ぱっと思い浮かぶのがそれだというだけで、他にもきっと、気にするべき基礎の基礎がごまんとあったことでしょう。
あらゆるものを欠き、それに気付ける知識を欠き、魔物さんの蔓延る森へと勇んだ愚かしいわたし。一番必要だったのは、先駆者の冒険者仲間だったのではなかったでしょうかと、今更気付いたところで何の変わりもあるわけがなく、込み上げるのはただただ、漠然とした後悔の念ばかり。
ああ、こうなるのなら。
こうなると分かっていたなら、もっとたくさんの方とお話しておけばよかった。もっとたくさんの物と触れておけばよかった。知りたいこともまだまだたくさん残っています。
恋だって、そのうちの一つでした。
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作者名:小春 | 作成日時:2022年7月20日 16時