雪雲の暗示 ページ46
朝倉さんと最初の別れを決めた後、由貴が待っていてくれた休憩室――その部屋で、鞄に入っていた純文学を読みながら彼女を待つ。浅く椅子に腰かけて背を預け、足首を組んで伸ばせば体が重く沈んだ気がした。
窓ガラスの向こうの世界では、幻想的な夜が創り上げられている。けれど、雪雲のせいで星が消えた空は私を切なくさせた。
本に目を戻すと文字に焦点が合わなくて、苦笑いでそれを静かに閉じた。
こんな風に寂しさが飛び散る夜は、遠く儚い星のきらめきが散らかる夜空に飲み込まれたかった。
それから少しして由貴が部屋のドアを開けたけれど、私は気が付かずに呆然と同じ態勢で座っていた。
「A? 大丈夫?」
心配そうな彼女の声と肩に触れた温かい手の感覚で、やっと意識を取り戻した。
「あ、ごめんね。なんか、ぼーっとしちゃって」
「ううん、いいよ」
雪はまだ積もらない。落ちては道路に溶けて滲み、地面を冷やしてゆく。
コートのポケットに手を入れ、身を縮めながら歩く。
家に着いて玄関の敷居を跨ぐ時、一人じゃなく好きな誰かと二人なのが嬉しかった。
一人で言う「ただいま」は、久しぶりに言った気がする。いったいいつから言うのをやめたんだろう。父が消えて少ししてから言わなくなったように思う。父が居る時に、父を憎んでいた時に言っていた「ただいま」は、もしかしたら返しくれることを期待していたのかもしてない。
「ごめんね、突然誘っちゃったし、有り合わせでこんなものしか作れなくて」
「どうして謝るの。誘ってくれて嬉しかったし、しかもすごく美味しそうな料理だし!」
笑顔で食べてくれる由貴が、涙を誘うくらい嬉しかった。
家の中で久しぶりに感じた温もりに溺れながら時間を過ごし、あっという間に夜は更けた。
由貴が入浴している間、自室に二人分の布団を敷き、リビングのソファで一息ついて鞄の中に入れっぱなしだった携帯の画面をつけた。
それと同時に襲った大きな胸騒ぎは、私の息すら封じそうだった。
由貴の私を呼ぶ声で、やっと私の体はゆっくり動いたが表情は強張ったままで、彼女は私の異変にすぐに気付いて言った。
「まず目を閉じて、ゆっくり深呼吸して」
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megumi(プロフ) - 楓さん» コメントありがとうございます。深く感じ取って頂けて、作者として本当に嬉しいです。たかが恋、されど恋……愛や恋は人生を大きく変えたり、辛かったり哀しかったり、幸せを与えたり、影響力が強いですよね。こちらこそ、読んで頂きありがとうございましたm(__)m! (2020年2月12日 8時) (レス) id: 0880e9be07 (このIDを非表示/違反報告)
楓 - 叶わぬ恋って本当に辛いの分かりますが、不倫はないので本当に夢主ちゃんは辛かったのだな、と思いました。何が正解で何が不正解なのかなんて誰にも分かりませんが、自分の決意した己が答えを見いだすことが正解なのだと私は思いました。ありがとうございました。 (2020年2月12日 3時) (レス) id: da7e11619f (このIDを非表示/違反報告)
megumi(プロフ) - あさん» ありがとうございます!この頃仕事でバタバタしていたので、更新頻度が落ちていましたm(__)mこれからも頑張りますのでよろしくお願いします! (2019年11月26日 7時) (レス) id: 38c83e71ca (このIDを非表示/違反報告)
あ - 連続更新嬉しいです!!頑張ってください! (2019年11月25日 23時) (レス) id: 42f53dea12 (このIDを非表示/違反報告)
megumi(プロフ) - あさん» ありがとうございます、励みになります!好きになって下さって嬉しいです( *´艸`)更新頑張ります! (2019年10月19日 20時) (レス) id: d64ff74b54 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:megumi | 作成日時:2019年7月26日 23時