春 ページ38
-恵美side-
どれくらいこうやって彼と抱き合っていたのか分からないけれど、少し元気を失った机に置かれた花束と彼の体温とときめきで熱を帯びた体が、その時間の長さを物語っていた。
私の涙は未だ止まっていなかった。規則正しく目からゆっくりこぼれ続けている。
そんな私の頭を、広樹くんの男の人にしては華奢だけれど骨っぽい手が、柔らかくゆっくり撫でる。
「綺麗な髪だね」
突然そんなことを切なそうに言うから、驚いて俯いたまま目を大きくして体が固まってしまう。
何か声を返すことも出来ず、ただその手の心地良さに身を委ねていると、ぽつりぽつりと彼の声が静かに降ってきた。
「恵美はずっとそばに居てくれたのに、僕は独りで背負い込んで辛いと嘆いて、僕は本当に馬鹿だったよ」
広樹くんは何も悪くない、そう言いたいのに声が出てこない。言おうとすると、情けない泣き声が漏れそうで、何も言えない。
「君の方がずっと辛い思いをしていたのに、君はずっと独りで我慢して、頑張って僕に笑いかけてくれていたのに……本当にごめん」
彼の言葉に、より一層涙が溢れて、声を抑えきれずただ泣いた。
謝るのは私の方なのに。広樹くんの寂しさや辛さを分かってあげられていなかったから。勝手に結婚を押し付けてここまで来てしまったから。
静かに深呼吸を一つして、涙を出来るだけ引かせた。そして声を振り絞る。
「広樹くんと暮らして、確かに寂しかったし辛かった。それに広樹くんの傷を思うと、昔傷付けた人が許せなくて憎んだ。でもね……」
頭上の手が止まる。彼は私の言葉を丁寧に受け取るように、黙って聞いている。
「私、広樹くんの傍に居られて幸せだった。後にも先にも、不幸なんて思ったことはないの」
どんなに哀しみに沈んでも、この十年間、彼の帰る場所であること、妻として居ること、そこに幸せを感じていた。世間がどう言おうとも、私にはそれが自分を満たすものだった。
そっと軽く彼が上半身を僅かに離して、私の肩を掴む。
「恵美、こっち向いて?」
彼の視線に応じれば、懐かしい優しいキスが落ちてきた。
次第に深くなるキスから、徐々に愛を重ね合った。
体温を重ねたのは何年ぶりだろうか、求めていた愛に包まれた。
39人がお気に入り
感想を書こう!(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
megumi(プロフ) - 楓さん» コメントありがとうございます。深く感じ取って頂けて、作者として本当に嬉しいです。たかが恋、されど恋……愛や恋は人生を大きく変えたり、辛かったり哀しかったり、幸せを与えたり、影響力が強いですよね。こちらこそ、読んで頂きありがとうございましたm(__)m! (2020年2月12日 8時) (レス) id: 0880e9be07 (このIDを非表示/違反報告)
楓 - 叶わぬ恋って本当に辛いの分かりますが、不倫はないので本当に夢主ちゃんは辛かったのだな、と思いました。何が正解で何が不正解なのかなんて誰にも分かりませんが、自分の決意した己が答えを見いだすことが正解なのだと私は思いました。ありがとうございました。 (2020年2月12日 3時) (レス) id: da7e11619f (このIDを非表示/違反報告)
megumi(プロフ) - あさん» ありがとうございます!この頃仕事でバタバタしていたので、更新頻度が落ちていましたm(__)mこれからも頑張りますのでよろしくお願いします! (2019年11月26日 7時) (レス) id: 38c83e71ca (このIDを非表示/違反報告)
あ - 連続更新嬉しいです!!頑張ってください! (2019年11月25日 23時) (レス) id: 42f53dea12 (このIDを非表示/違反報告)
megumi(プロフ) - あさん» ありがとうございます、励みになります!好きになって下さって嬉しいです( *´艸`)更新頑張ります! (2019年10月19日 20時) (レス) id: d64ff74b54 (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名:megumi | 作成日時:2019年7月26日 23時