謝罪 ページ8
「おじゃまします…」
部屋の中はあまり生活感は無かった。
しかし、玄関から足を踏み入れた瞬間、中也の匂いが漂って来た。
好きな匂いだ。
「…此処等辺、座っとけ」
中也は、ソファの辺りを指して何処かへ消えた。
「失礼します…」
遠慮気味に座る。
好きな人の家に来るだけで、こんなにもそわそわした落ち着かない感情に成るとは思っても見なかった。
しかし──うん、善かった。
お家に入れて貰えたもの。
それに第一……
独り暮らしっぽい。
「そんな緊張するなッて」
苦笑と共に、二人分の御茶を運んできた中也。
「有り難う…」
手渡された御茶を受け取って礼を云う。
わたしが一口含むのを見てから中也も御茶に口付けた。
あまりにも…綺麗な横顔だった。
「…」
「如何した?」
わたしが見つめている事に気が付いたのか中也が問うた。
慌てて視線を逸らした。
「ううん、何も。御茶、美味しいよ」
「なら善かったぜ」
其れから、暫し沈黙が流れた。
話したい事は溢れる程有った筈なのに、本人を前にすると何も出てこなかった。
しかも──忘れられている。
その事実が口にすることを躊躇わせた。
沈黙を破ったのは、中也からだった。
──コトリ
湯呑みが置かれる音がして顔を上げると、中也が口を開いた。
「悪ィな。俺、Aの事、覚えて無ェんだ」
知っている。
そんな事を聞くために、そんな辛気臭い話をする為に、此処へ来たのでは無い。
もっと、楽しい話題を──。
そう思ったのに、何も浮かばずただ、
「…はい」
とだけ応えた。
「俺…六歳…六歳より前の記憶が無いんだ」
ぽつりと中也が云った。
「…はい」
幼い頃、わたしを救ってくれた中也の背中はあんなに大きかったのに、隣に座る中也の身体は震えていて、抱き締めたい程小さく感じた。
「だから、Aと…如何云う関係で、如何な話をしたか…とか、そう云う記憶が…無くて…」
──悪いな。
中也は、もう一度謝った。
本当に済まなそうに謝る中也を見て、何で、と思った。
何に対しての“何で”かが判らなかった。
唯、何も云えなかった。
何も出来なかった。
例えば…その時、何かが出来たら、無言で抱き締めるだけでも、出来たら…
そう思わずにはいられないのだ。
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爽斗 - せれな さん» 本当ですか!!ありがとうございます!!頑張ります!! (2021年8月27日 22時) (レス) id: 5b5562e114 (このIDを非表示/違反報告)
せれな - 本当に面白いです これからも応援しています! (2021年8月25日 20時) (レス) id: 6fed7b85b5 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:爽斗 | 作成日時:2021年7月15日 2時