刻む秒針が憎く ページ39
「一緒に入ろう。いや入って下さい」
湯の出し方がわからない子供にとっては天啓であった。元々子供はよく鏡花と共に風呂に入る故、人前に裸体を晒すことにはさほど抵抗はない。
ところが、芥川の眉間には深い皺が寄った。
「風呂は嫌いだ」
「芥川さんだって汗かいただろ。汚いぞ」
「僕は汚れてなど……」
「まあまあそう言わずに」
「おい脱がすな……っ、あ"」
□□□
「石鹸って髪ごわごわになるんだな」
子供はつくづく呟いた。風呂場には新品同様の石鹸が申し訳程度に一つ置かれているだけで、洗髪料等といったものはなかったのである。部屋の主が風呂嫌いなので仕方がない。
人間に無理やり洗われた長毛種の犬のような悲壮感を漂わせる芥川の横髪からぽたぽたと水滴が垂れるのを見て、子供は芥川の頭にタオルを被せてやった。
「これから髪はシャンプーで洗った方がいい」
「ああ」
「風呂はどうしても嫌いか」
「ああ」
「そうか。私は好きだ」
「……良い事だ」
「髪は自分で拭けるか?」
「ああ……」
芥川の手が頭皮を覆うタオルにのろのろと伸ばされる。子供はそれを眺め、寝台に浅く腰掛ける芥川の隣に座った。見上げた天井には大小様々な配管が剥き出しのまま通っている。無窓の独房じみたそこを、しかし子供は独房なんて言葉は知らないので『寂しい場所だ』と思った。
ナイトテーブルに置かれた腕時計によると、現在の時刻は午前三時半。髪を拭く手を止めた芥川は隣を見遣り、子供がこくりこくりと頭を揺らしている事に気が付いた。
「眠いのか」
「んー……」
「寝ればいい。帰宅は早朝でも、」
静かに語りかける低い声は心地よく、子供の思考を溶かす。
とうとう子供の首がかくりと垂れ、糸が切れたように倒れた上半身が芥川の腿に寄りかかった。
「……」
芥川は、頬にかかった子供の髪を指で払ってやった。
このまま何処かに閉じ込めて、誰にも奪われぬように守れたら良いと思う。けれど違うのだ。子供にとっての幸福は、外で色々なものを見て、経験して、関わって、自分で完成させるものだ。芥川はそれを妨げたくなかった。
畢竟、己には何も出来ぬ。
芥川は腿に乗った子供の頭に手を置き、先ずは此奴を寝台に寝かせてやろうと考えた。
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ロト - こめ(元団子)さん» お久しぶりです!最近わりと多忙でした…少し時間が空いてきたので見てみようと思えば結構更新されてて嬉しかったです!癒されました〜! (2019年8月25日 23時) (レス) id: 84710b8cd8 (このIDを非表示/違反報告)
こめ(元団子)(プロフ) - ロトさん» ロトさん! お久しぶりですね! そうです娘主は奔放な子供なので自由に遊び回っては国木田さんに叱られ 最終的には追いかけ回されますw (2019年8月25日 22時) (レス) id: a3e8a2be57 (このIDを非表示/違反報告)
ロト - 近所迷惑(社員寮)……つまり、国木田さんの胃痛が増すんですね分かります。 (2019年8月25日 1時) (レス) id: 84710b8cd8 (このIDを非表示/違反報告)
こめ(元団子)(プロフ) - 来霧さん» やったー!ありがとうございます これからもお付き合いください! (2019年8月19日 2時) (レス) id: a3e8a2be57 (このIDを非表示/違反報告)
来霧(プロフ) - 続きが!きになりすぎます!!応援していますー!頑張ってください! (2019年8月17日 0時) (レス) id: cc1c1fbc8a (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:こめ | 作成日時:2019年6月22日 21時