▼闃・蟾昴→螽 險俶? ページ19
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黒い外套の裾は擦り切れ、経年による劣化が激しい。それを着る男の後ろを八歳程度の少女が着いて歩いていた。
突然止んだ足音を不審に思った男が少女を振り返る。男から少し離れた位置で立ち止まった少女は、無表情で男の方に腕を伸ばした。
「つかれた。背負ってくれ」
「自力で歩け」
少女は諦めて足を踏み出す。男は既に先を歩き始めていたからだ。「背負ってくれるまで動かない」と言ったら、一度本当に放置された事がある。そのまま夜になって、少女は大変心細い思いをした。
その時の事を回想しながら歩いていたせいだろうか、少女は足元に転がる煉瓦の欠片に足を取られた。
「わっ」凹凸のある混凝土に叩き付けられ、痛みは一拍遅れてやってきた。
「あーあ……」
少女はやっちまったよ、とでも言いたげな顔で掌を見つめた。剥き出しの掌は熱を持って痛むが、厚手の長袖と長ズボンで守られている部位は無事だった。
あ、嘘だ。ズボンの膝の辺りを割れた硝子で切ってしまった。血も出ている。
男は再び立ち止まって少女が起きるのを待っている。痛いから、という理由で泣くような歳でもない少女はさっさと立ち上がって体をほろった。
また置いていかれないように男に駆け寄る。少女は男がまた歩き出すのを待った。男は少女から視線を外し、片膝をついて屈んだ。
「ほら」
「……何だ?」
「……背負え、と言ったのはお前だ」
少女はぱちぱち瞬いた。本当にしてくれるとは思っていなかったのだ。ややあって男の肩に手を乗せ、背中に体重を預けると、男の手が少女の腿の下に回った。男はさっと立ち上がり歩き出す。
ゆったりとした振動と、男の自分より低い体温を感じながら、少女は男の項に蟀谷をくっ付けた。普段見ている景色が、普段より高い位置でゆっくりと揺れている。
「あれほど周囲に注意し怪我には気を付けろと言っただろう。傷口から雑菌が入り込み破傷風にでもなったら──」
少女の笑った気配があり、男は一層低い声で叱責した。
「何が可笑しい」
「可笑しいんじゃない、嬉しいんだ。おぶってくれた事が」
「……そうか」
男は溜息を吐き、何も言わずに歩いた。
──少女が今よりも幼い頃、どうしても男に抱っこしてもらいたかった。どんなに言っても動かない少女を前に、「もういい」と吐き捨てた男は、自力で帰ろうとして住処が分からなくなった少女を、夜になって酷く焦った顔で迎えに来た。少女はその時の事を、未だ鮮明に覚えている。
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ロト - こめ(元団子)さん» お久しぶりです!最近わりと多忙でした…少し時間が空いてきたので見てみようと思えば結構更新されてて嬉しかったです!癒されました〜! (2019年8月25日 23時) (レス) id: 84710b8cd8 (このIDを非表示/違反報告)
こめ(元団子)(プロフ) - ロトさん» ロトさん! お久しぶりですね! そうです娘主は奔放な子供なので自由に遊び回っては国木田さんに叱られ 最終的には追いかけ回されますw (2019年8月25日 22時) (レス) id: a3e8a2be57 (このIDを非表示/違反報告)
ロト - 近所迷惑(社員寮)……つまり、国木田さんの胃痛が増すんですね分かります。 (2019年8月25日 1時) (レス) id: 84710b8cd8 (このIDを非表示/違反報告)
こめ(元団子)(プロフ) - 来霧さん» やったー!ありがとうございます これからもお付き合いください! (2019年8月19日 2時) (レス) id: a3e8a2be57 (このIDを非表示/違反報告)
来霧(プロフ) - 続きが!きになりすぎます!!応援していますー!頑張ってください! (2019年8月17日 0時) (レス) id: cc1c1fbc8a (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:こめ | 作成日時:2019年6月22日 21時