君を振り回したい僕【降谷零】

2、変わった人 ページ2

｢お待たせしました｣

｢わーい！…ありがとう｣

カチャン、と小さな音を立てて、ソファー席に座る彼女の前にコーヒーを置く。

もう、何度目だろう。
いつの間にか、すっかり慣れた光景になってしまった。



キラキラとした瞳でコーヒーを見つめる彼女は、その香りを楽しむように瞼を閉じて小さく息を吸う。


｢……今日もいい匂い｣


小さく微笑みながらポツリと呟いた彼女の柔らかな声は、小さくとも僕の耳にしっかりと届く。

…僕目当ての客とは全く違う。
純粋に、コーヒーを楽しむような。その仕草がとても好きだった。



容姿だけ言えば、誰もが振り返る美人…という訳では無いが。

幼さの残る顔立ちと、可愛らしい声。
1つに束ねられたサラサラの黒髪も。形のいい、ほんのり赤く色付く唇も。陶磁器のような白い肌も…綺麗な茶色の瞳も。

そして、優しく微笑む、その…柔らかな表情も。

彼女と接するうち、少しずつ。 " 素敵な女性 " だと思うようになった。

…外見も、性格も。


｢あ、あの……あむぴ？｣
｢はい？｣

｢あんまり見られると、その、恥ずかしいんで……早くお仕事に戻って…？｣

｢あぁ、失礼致しました。ごゆっくりどうぞ｣


あわあわとする彼女に笑顔を向けて、僕はカウンターへと戻った。



違う。

Aさんは……僕に好意を寄せる他の客とは、やっぱり違う。

本当に好きなら、あの状況でカウンターへと追い返すわけが無い。


僕が意味もなく近くに居ると、" そんなに近づかないで " オーラを出すし(かと言って、本気で嫌がっている訳では無さそう)。

梓さんとはよくお喋りするらしいが、僕とは必要最低限の会話しか好まないようだ。


そのくせ、コーヒーを飲みながらチラチラとこちらを見つめてくる。
恐らく僕がその視線に気がついているなんて全く思っていないのだろう。

多分、どうしようも無く " 鈍感 " だ。この女性は。



これで『僕が好き』…だって？

……本当に？



自分から近づこうとする訳ではないのに…何故か、僕を『あむぴ』と呼んで。平日はいつもポアロを訪れて、コーヒーを1杯だけ楽しんで、帰宅する。



常連客の『絢瀬A』は。


…そんな、変わった人だ。

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