可惜夜の花野2 (ページ18)

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68.あなたじゃなきゃページ18

「Aさん」

　ベンチに腰をかけ、温かい紅茶を一口飲むと

　杏寿郎さんが少し落ち着いたトーンで私の名前を呼んだ。

　私が首を傾げて彼を見つめると、口の端を少し上げて

　微笑んで言葉を続けた。

「人生において起きることは"何かしらの意味がある"

　君はそう思わないか？」

「え？急にどうしたんですか？」

「ははっ！何となくな！」

「意味かあ…」

「俺は君と出会ったことに意味があると思うのだ」

　私と出会ったこと…意味なんてあるのかなあ。

「そんな意味のある人間じゃないですし、
　
　きっと私じゃなくたって杏寿郎さんは…うっ！」

　杏寿郎さんは大きな両手で私の頬を挟んだ。

「Aさんで良かったんだ！

　いや、Aさんじゃなきゃ駄目だったんだ！

　そう思うほどに俺は…！」

　真剣な瞳と迫力に何も返せない。

　続く言葉を待っていたが、少し静止した彼は

　小さな息を吐いて眉を下げて微笑んだ。

「いや、何でもない」

　溶け出してしまいそうな心を止めようと

　私は服の胸元をぎゅっと掴んだ。

「杏寿郎さん…！」

「ん？」

　つくづく思うことがある。

　言葉はとても便利でいて、

　時に表すことのできないもので不便であると。

　この言葉にできない想いを、

　形にならない心を、

　掴めないふわっとしたものを私たちは抱えて生きている。

　どうやってあなたに伝えたらいいのだろう。

　いや、やっぱり伝えちゃいけないものなのかも。

　時空の彼方へ消えてしまうあなたに──

「ありがとうございます！光栄です！」

　もし、本当にこの出会いに意味があるとするならば、

　きっと神様は私の人生に癒しの時間をくれたのだろう。

　そう思うほどに彼との時間は

　乾いた心に潤いをくれるものだった。

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　2024.2.3 狐姫
　