手のなる方へ ２

82 ページ33

＿＿願うなら、



「……ッ、ふざけンなよマジで…！」


先に言葉を発したのはモブの方だった
その肩は上下に大きく動いていて、息が切れているのが目に見えて分かる


「なんで…


なんでさっさと『負けた』って言わねぇんだよ！！」


ワケが分からない、と荒れ狂いながら叫ぶモブの視線の先には倒れ込んでいる自分の姿
打ち身に切り傷に、とにかく全身が痛み悲鳴を上げていた

周りを囲む船員は、事の成り行きを固唾を呑んで見守っている


「…なんでって…言うつもりがないからだよ。終わらせたいなら…」


“しのごの言わずに葬れ”


起き上がり視線でそう言うが否や、カッと目を見開いたモブは今までとは比較にならない速さで距離を詰め馬乗りになると手に持っていたナイフを首元へと突きつけた


「…ッ、テメェ…！調子に乗ってンじゃねぇぞ！！お前ごとき簡単に殺せる！！」


モブの目は血走り、力を込められたナイフが皮膚に触れる
液体が首を伝う感覚に僅かに不快感を表すも、目線は目の前のモブから離さない
この状況になっても尚、降伏しない私にモブの瞳には困惑と怒りとが見え隠れしている

まさに膠着状態
その場にしばしの沈黙が流れた






「…“仲間殺し”」

「は？」


突如ポツリと呟いた私に、俄かにモブは眉を寄せた


「この船では…父さんが仲間殺しは御法度としているのでしょう？
アンタはそうは思っていないのだろうけれど、この船には少なからず私を“家族”と呼んでくれる人もいる。
アンタがこのまま私も殺したら、アンタはこの船を降ろされ、追われる身となる。
…そんな未来を覚悟しているなら、いつでもどうぞ？」

「…ッ、！！」


ビクリとモブの手が震え、力が緩まるのが分かる
揺れた瞳に、畳みかけるように言葉を続けた


「私が憎いんでしょ？腹立つんでしょ？好きなだけ殴って構わない。この時代は、強い者が勝ちなんだから。
でも、私は“負けた”とは絶対言わない。どんだけ殴られようと刺されようと、その一言だけは言わない。

その覚悟を持って、アンタを挑発したんだ」


＿＿卑怯なのは分かってる
この船が、”ソレ”を最も嫌っている事も、自分がそれを利用している事も

それでもなお、モブが私を手にかけたいと強く思っているのなら甘んじて受け入れよう


「……ッ…！」


そっと目を閉じると、再びモブの手に力が入るのを感じた
その先を悟り、来るであろう衝撃を静かに待つ

憐れみと、少しの感謝を胸に秘めて＿＿…

83→←81

→ 目次へ｜作品を作る｜感想を書く
他の作品を探す