蜘蛛の糸、十本目 ページ10
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「おはよう、蜘蛛のお嬢さん」
声のかかったところへ瞳の焦点を合わせると、兄貴分の少年が いつものように快活な笑顔と一緒に挨拶をして行きました。
「御機嫌よう」
私はそれにお行儀よくお返事申し上げました。尤もどれだけ良い声でお返事をしても、彼の耳には聞こえませんが。
龍之介は「聞こえもせぬのに、律儀なものだ」とどちらに向かってなのかわからない言葉を呟きました。
それから龍之介の用意した、すっかり美しく元どおりの瓶の中へ身を滑らせると、兄貴分の少年は少し面食らったようにじっと見つめていました。
飼われている自覚のある犬や猫ならまだしも、蜘蛛が自ら人間の用意した寝床へ戻っていくというのは、確かに珍しいでしょう。
「……もう一回寝てくるかァ」
「寝汚いな」
「幻覚が見え始めた」
彼はそう言いながら、頭を掻く手を緩めぬままに フラフラ寝床へ戻っていきました。
当たり前のことですが、彼は龍之介が大切にしていると云う理由だけで 私を食べようとは思わなかったようです。
あの母親に見習わせたいものですね。
「きっと大事にしているのが蜘蛛でしたら、あの子の継母も、流石に食べたりなんてしなかったでしょうに」
「…何の話だ」
……ああ、そうだ。
このお話はまだ、龍之介にはしていませんでしたか。
彼が自分が読む本の用意をやめて、じっと私の話を聞く態勢に入ります。
こんな時は、新しいお話があるのだと、彼と私の間ではお約束になっていました。
「むかしむかし、唐の御国のお話ですけれど。今の貴方と同じように、魚を大事に大事に育てている女の子のお話があったのですよ」
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時代のことや、土地のことに筆を費やすのは辞めにしましょう。
古い昔の中国でも、再婚相手の子供がとっても憎たらしいと思う、悪い継母が居たというだけのお話なのですから。
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伊織 - もう好き...!最後ウルっときましたよ。というか泣いちゃいましたよ。ほんと構成がお上手で...。芥川先生の作品たくさん使ってるの凄い好きです。千代の方も読んでるのですが作者様天才ですね。感動作品をどうもありがとうございます...! (2021年5月22日 18時) (レス) id: 399c3e6058 (このIDを非表示/違反報告)
アバンギャルド・マボ(プロフ) - コメントありがとうございます!!初めて書いた女主人公が蜘蛛(雌)ェ……とはいえ、実は人間だった頃が誰なのか、モチーフが居ますので、もしも暇だったら蜘蛛の前世当てクイズに挑戦してみてください笑笑 意外にも多くの方に読んでいただけて嬉しい…(芥川はいいぞ…) (2019年4月2日 11時) (レス) id: ea18c173c6 (このIDを非表示/違反報告)
多田野メガネ(プロフ) - どうも多田野です。千代の記以外の、それも女(雌?)主人公が新鮮でした(°▽°)突然の告白ですが、所々に芥川作品要素を垂らしていくマボ様が好きです。 (2019年3月27日 13時) (レス) id: d89d5986ef (このIDを非表示/違反報告)
アバンギャルド・マボ(プロフ) - ありがとうございます!!何も考えずに三時間で書いてみるチャレンジで、殊の外うまく書けたものなので完結させてみることにしました笑笑ギャグシリアス、展開などこれっぽっちも考えず、思いつきで書いております。とても短いお話ですが、最後までお付き合いください! (2019年3月25日 16時) (レス) id: ea18c173c6 (このIDを非表示/違反報告)
柘榴※惰眠愛してる(プロフ) - 新作おめでとうございます! (2019年3月25日 0時) (レス) id: cf0e41908a (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:アバンギャルド・マボ | 作成日時:2019年3月25日 0時