蜘蛛の糸、二十本目 ページ21
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身の上を知らぬ者は、どの地獄に落としたものか皆目わからぬ。
ゆえに鬼の小童どもは閻魔大王の前に男を連れ出し、どうにか身の上を白状させたいのだと懇願した。
異形の長を目にせども、一向に口を割らぬ男をただ成らざる者と見て、
閻魔はこう言った。
それはいかにも名案らしかった。
『この男の父母は、畜生道に落ちてゐる筈だから、早速ここへ引き立てて来い』と、一匹の鬼に云いつけた。
鬼はたちまち風に乗って、地獄の空へ舞いあがったと思うと、また星が流れるように、二匹の獣を駆り立てながら、さっと森羅殿の前へ下りて来た。
その獣を見た男は、驚いたの驚かないのではない。
なぜかといへば、それは二匹とも、形は見すぼらしい痩せ馬だったは、顔は夢にも忘れない、死んだ父母の通りだったのだから。
『こら、その方は何のために、山の上に坐っていたか、まっすぐに白状しなければ、今度はその方の父母に痛い思いをさせてやるぞ』
されど、尚も男は応えぬ。
閻魔の声音はより低く轟いた。
『この不孝者めが。その方は父母が苦しんでも、その方さへ都合が好ければ、好いと思っているのだな。
―――打て。鬼ども。その二匹の畜生を、肉も骨も打ち砕いてしまえ…!!』
号令と共に、鬼どもは一斉に鞭を振り上げ、四方八方から二匹の馬を、
……藪雨が如く振り下ろされる鉄の鞭は、肉を削ぎ、骨を砕いた。
馬は、――畜生になった父母は、苦しそうに身を悶えて、眼には血の涙を浮べた儘、見てもいられない程
…………されども、男は何も応えぬ。
ただただ必死になって、仙人の言葉を思い出しながら、頑なに目を瞑っていた。
その男のもとへ、風音とも聞き分けのつかぬか細き声が届いた。
遠い昔に聴き馴染んだ、柔らかくも懐かしい声だ。
『心配をおしでない。私たちはどうなっても、お前さえ仕合せになれるのなら、それより結構なことはないのだからね。大王が何と仰っても、言いたくないことは黙っておいで』
それは確かに懐しい、母親の声に違いない。
男は思わず、眼を開けた。
馬の一匹が、力なく地上に倒れた儘、悲しそうに彼の顔へ、じっと眼をやっているのを見た。
母は、鞭打たれたことなど微塵にも恨みに思うことなく、ただ愛しんだ微笑みさえ浮かべながら男をみていた」
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伊織 - もう好き...!最後ウルっときましたよ。というか泣いちゃいましたよ。ほんと構成がお上手で...。芥川先生の作品たくさん使ってるの凄い好きです。千代の方も読んでるのですが作者様天才ですね。感動作品をどうもありがとうございます...! (2021年5月22日 18時) (レス) id: 399c3e6058 (このIDを非表示/違反報告)
アバンギャルド・マボ(プロフ) - コメントありがとうございます!!初めて書いた女主人公が蜘蛛(雌)ェ……とはいえ、実は人間だった頃が誰なのか、モチーフが居ますので、もしも暇だったら蜘蛛の前世当てクイズに挑戦してみてください笑笑 意外にも多くの方に読んでいただけて嬉しい…(芥川はいいぞ…) (2019年4月2日 11時) (レス) id: ea18c173c6 (このIDを非表示/違反報告)
多田野メガネ(プロフ) - どうも多田野です。千代の記以外の、それも女(雌?)主人公が新鮮でした(°▽°)突然の告白ですが、所々に芥川作品要素を垂らしていくマボ様が好きです。 (2019年3月27日 13時) (レス) id: d89d5986ef (このIDを非表示/違反報告)
アバンギャルド・マボ(プロフ) - ありがとうございます!!何も考えずに三時間で書いてみるチャレンジで、殊の外うまく書けたものなので完結させてみることにしました笑笑ギャグシリアス、展開などこれっぽっちも考えず、思いつきで書いております。とても短いお話ですが、最後までお付き合いください! (2019年3月25日 16時) (レス) id: ea18c173c6 (このIDを非表示/違反報告)
柘榴※惰眠愛してる(プロフ) - 新作おめでとうございます! (2019年3月25日 0時) (レス) id: cf0e41908a (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:アバンギャルド・マボ | 作成日時:2019年3月25日 0時