【文スト】濃霧と林檎？ 知ってたよ、此の野郎←【文豪ストレイドッグス】【太宰治】

鐘は鳴る ページ7

不味いなと呟く。視線の先には、ナイフの刺さった林檎。この間拾ったものだ。林檎は早くも傷み始めていた。

私の異能『道化の華』はとてつもなく強力な異能だ。だが、強い力には代償が伴うものだ。澁澤の異能で分離して、そして仮に自身に戻った時の跳ね返り(・・・・)が未知数だ。早めに横浜から避難すべきだったという卑劣な考えが過ぎる。
だが横浜に澁澤を呼び込んだのは太宰さんだし、私が異能の影響を受けても大丈夫だと踏んでいるのだろう。きっとそうだ、そうに違いない。
私はそう自分に云い聞かせると、来るべき厄災に備えて普段よりも数刻早く眠りについた。

*
古いジャズが微かに流れる店内。
からりと心地よい音がして、丸氷が硝子製の酒杯の中で踊った。
「今日は何に乾杯する？」
私は隣席の友に語り掛ける。隣席の友は「ん」と云うと、私に訊く。
「安吾とAが来るまで待たないのか？」
「Aは最近忙しいって云っていたよ。暫くは来れないって」
私がそう云えば、織田作は「そうか」と残念そうに酒杯を回した。からんころんと響いた。
「安吾も……お役所仕事だ、忙しいだろうね。この間偶然会ったのだけど、目の下に隈をこさえていた」
「大変だな」
織田作は琥珀色の蒸留酒を呷る。
「太宰」
「何だい？」
酒杯が置かれる音がした。
「この間、国木田の眼鏡がまた割れた」
私はその光景を想像しては吹き出した。代わりに雷を落とされたであろう敦君には悪い事をした。しかしこれからの大仕事(・・・)を考えたら、差し引きゼロくらいにまではなるだろう。敦君ならきっと許してくれるさ。
私も蒸留酒を呷る。
「……例の、“重大な”会議では何て？」
親指で口許を拭いながら訊くと、織田作は淡々と内容を説明した。予想通りの事だ。

酒杯の縁を指で軽く弾く。
「ねえ織田作、いつの日か此処で“林檎自'殺”について話した事を覚えているかい？」
織田作はカウンターに肘を乗せ、考え込む素振りを見せた。
「『そのうち横浜でも流行る』と云っていたアレか？」
「そう。それがだね、直ぐにでも流行りそうなのだよ」
私は懐からプラスチック製の小物入れを取り出す。そこから血のような赤と骨のような白の対照的な二色のカプセルを取り出して口に運ぶ。簡単には溶けないカプセルが、頬の裏に張り付く。その不快感に、眉を顰めた。
織田作はそんな私を見ても何も訊くことは無かった。
「じゃあ、行こうか」
私は立ち上がる。そうだな、と織田作も後に続いた。

霧は静かに→←丘の上で２

→ 目次へ｜作品を作る｜感想を書く
他の作品を探す