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孤独の荘園 ページ42

――横浜租界、擂鉢街。かつて、一つの街だったそこが《荒覇吐》と呼ばれる神に人も物も権利も全てを消し飛ばされてクレーター状になった場所に出来た貧民街。その街に縄張りを張る未成年の寄り合い《羊》の武器庫。

それが荒らされたという連絡を受けた中也は、単身そこに急行した。武器庫内では数人の少年が床に伏していた。その少年等は揃って右手首に青い腕輪をしている。中也と共に《羊》として身を寄せる仲間である証だ。

その姿を目にした途端、中也は倒れている少年の元へ駆け寄った。その少年の名を口にしながら、脈を取る。息がある事を確認してから抱き起こす。
温もりも呼吸も正常、目立った怪我はなく、脳震盪を起こしているだけのようだ。他の少年も同様で、一先ず安堵する。

それから中也は周囲を確認する。武器庫が荒らされた、という連絡だったはずだが、特に何か盗まれた様子はない。
「……」
中也は眉根を寄せながら考える。荒らすだけ荒らしておいて、盗むものは何もないというのはどういう事か。

周囲を警戒しつつ、少年達の一人を抱き上げると武器庫の奥へ運ぶ。そこには毛布や食料などが置かれているのだが、やはり何も盗られた形跡はなかった。

何も盗まれず、かといって《羊》の少年達に命に関わる程の害を加えられた訳でもない。そんな状況に疑問を抱いたまま、少年達を全員毛布に寝かせてから、戦闘の痕跡の残るそこを片付けるために表に戻る。



警戒を緩めず、砂利混じりの硬質な床を踏みしめながら足を進めていく。開けた所に出ると、青白く冷ややかな月の光が舞台照明のように差し込んでいると気が付いた。

「あんよが上手、あんよがじょーず」

不意に、頭上から子供の声がした。
その声は何処か嘲笑うような不快な響きを孕んでいた。

中也は声の主を探して見上げる。天井の梁に一人の子供が腰掛けていた。月明かりの所為か、紅茶、或いは鮮血のような鮮やかさを持った髪が黒いワンピースに掛かっているのがやけに目に付いた。
同じ歳頃だろうか、と中也はふらふらと揺れている子供の足を疎ましそうに眺めた。
ゆるりと細められた琥珀のような色をした瞳を内包した瞼、まるでしなやかな体躯を持つ小型の肉食獣のようににんまりとした笑みが、嘲笑の響きを持った声の主であることを示していた。

「……手前、何者だ？」
声変わりを迎える前にも関わらず、低い声が武器庫に響いた。

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