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Lost Eden ページ33

澁澤が唇を歪める。
「“龍虎”とは、よく云ったものだ。君の存在を私に告げた露西亜人は云った。龍が異能の持つ混沌本来の姿だ、と。ならば――」
白虎が蒼く光る。
「白虎を纏う君は、すべての異能に抗う者だな」
白虎の影は人の形へと姿を変える。前足が腕になり、身体が起き上がる。
「人虎め、ようやくか」
芥川は黒外套に付着した砂埃を気にも留めず、立ち上がった。彼が纏っている黒外套は、異能により形を網のように変え、少女を既の所で受け止めていた。少女の息は今にも途切れそうな程弱々しい。ひゅうひゅうと口から笛のような音が漏れ出ていた。
「……っ」
敦はその姿を見ると息を詰まらせた。口許が赤く汚れ、その顔は蒼白い。唇は紫色へと変化している。
「織田さん、Aさんを与謝野さんの処へ！」
半人半虎の黄色い瞳が林檎のような瞳を睨み付ける。
織田は敦の言葉に頷くと、芥川の黒外套から今にも生命を喪失せんばかりのAを拾い上げ、駆け出した。それを狙う澁澤を、虎の爪が阻んだ。
「また私を殺すのかね、中島敦君」
敦自身にとって、澁澤を手に掛けたことは一生をかけても消えることの無い傷だ。その罪は、癒えることのない傷だ。
―― 癒える事のない消えない傷ならば、それも抱えて生きようじゃないか。
罪を背負う覚悟はもう終えている。掛けられた期待がある。背中を押されている。無下にする事など出来ない。
「あるべきものをあるべき場所に戻すだけだ」
言葉と共に虎が跳躍した。


*
「与謝野女医！」
建物の中は荒れていた。倒れた机、散乱した資料、割れた植木鉢に零れた土と観葉植物。
私の脳はそのような情報を受け付けることなく、只々脚に動く様にと司令を出し続けていた。
目的の人物は私を視界に入れると「織田じゃないか」と立ち上がる。それにより私の背後に抱えている少女に気付き血相を変えた。その瞬間背中の少女の呼吸が正常なものへと戻る。『君死給勿』が無事に効いたと判り、腰から力が抜けた。与謝野女医は私が尻餅をつく直前にAを受け止めると真っ白なシーツが敷かれたベッドに寝かせた。
「相当無茶したんだねェ。後数瞬遅ければ土の下だよ。探偵社(ウチ)にはアンタを埋めるほどの土は無いよ」
手の甲がAの白い肌を滑る。Aは眉一つ動かさなかった。
「助かりました」と私が礼を述べると「当たり前だよ」と溜息混じりに返される。
「……こりゃ起きたら説教だねェ」
眠るAの姿は、嘗ての太宰を彷彿とさせた。

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