【文スト】知ってたよ、此の野郎←【文豪ストレイドッグス】【太宰治】

駄弁り ページ29

「私に云わせればね安吾」
太宰さんは蟹缶の身をつまみながら云った。
「この世に存在する凡てのものは死ぬまでの暇潰し道具だよ。それで、仕事って何の？」
「魚釣りです」
「へえ、それはご苦労様。釣果は？」
「ゼロ。まるで無駄足でした。欧州の一級品と聞いて足を運んだのですが、どれも町内会の手芸教室もかくやの我楽多ばかり」
で、そんな中に時計があったんだよね。
「ただ、悪くない骨董時計が一つありました。中世後期の時計職人の作品です。贋作でしょうが、この出来なら買い手がある」
筺的に良さそう。え、欲しい。
「……取引は何時に終わったの？」
「夜の八時です。遊ぶ間もなくとんぼ返りですよ」
お疲れ様です。
「まあ、給料分は働きました。これで僕も頸を切られずに済みそうだ」
「ずいぶんと気弱だね、『マフィアの凡てを知る男』坂口安吾ともあろうものが」
「大体の情報は安吾さん経由なのに。安吾さんじゃなきゃ務まんないよ。マスター、おかわり」
私は銅杯をマスターに差し出した。

「歴代最年少幹部と歴代最年少準幹部に較べれば、僕の業績など学生の履歴書も同然ですよ。ところで今日は御三方がこの店に居るのは、何かの会合ですか？」
「どうだっけ、織田作？」
「いや」
飴色がとぷとぷ注がれた。
「何の予定でもない。偶然ここに来たら二人が居ただけだ」
「そう？ 私は今夜ここに来たら、君達二人に会えるような気がしてね。なんとなく来た」
彼は自分の発言を面白がるかのように微笑した。
「彼女にも会えるとは思ってもなかったけど」
「僕達に用事があったのですか？」
「別にないよ。ただ、そうしたらいつもの夜になるかな、と思っただけさ。それだけ」
グラスは爪で弾かれると軽い音を出した。

「因みにAさんは？」
銅杯がごとりと音を立てて私の前に置かれた。
「私は明日休暇なので此処に居るだけです。休暇の前日に此処に来るのが日課なんです」
一口飲んだ。炭酸の刺激と生姜の辛さが舌に焼き付く。
「真逆、皆さんにお会い出来るとは思ってませんでした」
「成程。ところでAさんは酒場(ここ)で何を飲んでいたのです？」
貴女が酒を呑むとは思えませんし、と安吾さんは付け加えた。
「あ、これ？ モスコーミュール――」
と云い出した途端、
「え、それ酒じゃあないか。君、カクテルなら呑むのかい？」
太宰さんは口を挟んだ。
「――に、使われるジンジャーエール。それもウィルキンソンの」
私は無視して答えた。

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