172.大人 ページ47
蜂蜜side
「─────貴方は賢い子だと思っていたわ、月弥」
お父様が座っている椅子の隣に立つお母様が、にこりと微笑む。
震える手を隠すように、ぎゅっと拳を握る。
「日付が変わる頃に、取引相手の家に向かう。それまでに、準備をしておけ」
目を伏せ、頷いた。
「用意は私も手伝うわ、行きましょう」
お母様に腕を引かれ、自室まで行く。
中に入ると、お母様は鍵を閉めた。
「月弥、これを着てくれるかしら？」
そう言ってお母様が見せたのは、黒のドレス。
ドレスの裾はアシンメイトリーというのだろうか、後ろの長さが長くなっているような大人っぽいドレス。
『分かりました』
着ていた服を脱ぎ、ドレスに身を通す。
「…大人に、なったわね」
『え…？』
お母様が呟いた。
「貴方が家を出てから、ほんとうに心配で堪らなかった…。こんなこと言っても今更、って思うわよね…自分でも可笑しいと思うわよ」
お母様の本音を聞くのははじめてだった。
「今まで、どれだけ私が貴方に冷たくあたっていたのか。どれだけ月弥を縛っていたのか…」
お母様が私の目を真っ直ぐと見た。
「月弥は私の知らない所で学んで、成長して、恋をして。…立派な大人になっていたのね…」
私の頬をなでるその手が、声が、優しくて。
『お母、様っ─────』
思わず泣いてしまう。
「あらあら、泣いちゃ駄目よ。貴方を待っている人がいるんでしょう？
樹さんは、前と何も変わっていらっしゃらないわ。時間が来れば、取引相手のもとへと向かうでしょう。私がそれを変える事はできないわ。…それまでに、貴方を待つ人達は来てくれる？」
『…はい、来てくれます』
だって皆だから。
十数分後、侵入者の警報がなった。
すると、バンッと音を立ててドアが開けられた。
「樹さん…？」
『お父様っ…？え、それは…』
お父様が手に持っていたもの。それは刃物だった。
次の瞬間、
『いっ…！』
お腹辺りが燃えるように熱い。
「樹さん！？何をされるのです！」
あぁ、赤い。
お母様とお父様の争う声も、だんだん遠くなっていく。
聞こえるはずのない、彼らの声がした。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 14人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：月見だんご | 作成日時：2017年8月21日 23時
