第32話 太宰side ページ33
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「私は君に落とされたんだよ、A」
昏々と眠る姿は童話から切り取られた一頁の様。
掬った一房の髪に口付けを。
「ねぇ、私を信じてくれる?」
穏やかな声だった。
「此の世界の人間じゃない人の言葉を?」
「其れは信じてくれたんだね」
「今のは皮肉だよ、馬鹿なの?」
楽しそうに笑った彼女が、音を立てて楔を握り直す。
限界が近いことは分かっていた。
片手一本、細い足場があるとは云え二人分の体重に氷点下の環境。
「異能力は無効化する」
「触れていなければ使えるんでしょう?」
黙り込むと、未だ力が残っているのかと驚愕するくらい抱き締められる。
「左手の指輪は私の命より大切な物。貴方に預ける」
盗み見ていたから直ぐに分かった。
楔を握り締める小さな手に不釣り合いな、少し大きな指輪。
「手を伸ばして。絶対に離さないから」
そっと片手を彼女から、彼女の握る楔へ。
素早く捕まえられて楔を握らされる。
上から痛いぐらいに強く握って、真っ直ぐな目で彼女は言う。
「良いね。此れから貴方のやることはひとつ」
信じること。
「私が貴方から離れた瞬間、一瞬でも良い」
「…離さないって、言ったのに」
「そうだね」
どちらのとも分からない白い息が視界を遮る。
「指輪、失くさないでね」
「手の感覚がない」
「寒さも感じないでしょう」
「僕は信じない」
「其れは困る、水死体は見たくない」
「絶対に離さないって言ったのに」
「また会えたら次こそ約束するよ」
彼女が静かに呼吸している。
声に反応していても、集中しているのが分かった。
離される。
離されてしまう。
「ねえ、」
「時間がない。離すよ」
「待っ_」
腕に自分の体重だけがかかる。
急に飛ぶ奴があるか。
後を追おうとして、頭上から落ちてくる、指輪。
考えるより先に手が伸びる。
「_受け取ってくれて良かった」
だって、信じてしまったから。
微笑んでいる彼女の身体は、落ちながらも淡く光を溢し消えていく。
口が小さく動いている。
光の輪が体に触れないように展開され_
「《闇に生きるのは嘘》」
_頭上から光が射し込んだ。
天井だった床は消失し、太陽が燦々と照る。
「人が働いてンのに暢気だな」
「……馬鹿は風邪引かないから元気だね」
残ったのは指輪だけ。
「入水したらまた会えるかな」
「アァ? 直ぐ其処の水路で凍死してこい」
「一人でなんて御免だよ」
そう、美女と、彼女と心中するのが一番だ。
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梦夜深伽(プロフ) - 加奈さん» 中也の出番はこれから増やします!! (2020年6月6日 19時) (レス) id: 885dd45dfc (このIDを非表示/違反報告)
加奈 - 中也。 (2020年6月3日 15時) (レス) id: b3d6820988 (このIDを非表示/違反報告)
梦夜深伽(プロフ) - るるさん» ありがとうございます! (2020年6月3日 1時) (レス) id: fef69d0af7 (このIDを非表示/違反報告)
るる(プロフ) - 文章が丁寧で物騒でめちゃくちゃ面白いです...!!更新楽しみにしてます..!!!! (2020年6月1日 15時) (レス) id: 30c2a422ab (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:梦夜深伽 | 作成日時:2020年5月24日 23時