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6-3 ページ32

夏油君が何かを思い詰めていることには気づいていた。私だけじゃなく、夜蛾先生や硝子ちゃん、五条君だって、きっと。

だけど、日に日に(かげ)っていく様子を気がかりに思いつつも、声をかければ「大丈夫」と、完璧に(つくろ)ってしまう彼に、皆、甘えた。

夏油君なら大丈夫だろうという気持ちがどこかにあったし、誰もが自分のことで精一杯で、誰かを真剣に(おもんばか)る余裕なんて残っていなかった。

吹き荒ぶ雨風が、(つぶて)のように窓ガラスを叩いている。今度は私が、夏油君の言葉を待つ番だった。

「そうだな」

ややあって、彼は低い声で続けた。

「わからないんだ、自分が」
「うん」
「ずっと考えてる、でも」
「うん」
「でも、わからない」
「そっか……、そうだよね」

私たちは沈黙した。こんなときにかける言葉なんてないことは、お互いが一番よくわかっていた。励ましも慰めも叱責も、今、この瞬間に他人が思いつくような言葉は、すでに、自分自身に何度もかけた言葉だからだ。毎日毎日、寝ても覚めても考えて、考えて、考え続けているうちに、いつの間にか、何もかもわからなくなる。

「疲れたな」

夏油君がつぶやいた。魂の底から疲れ果てているようなその声に、私は、彼を支えてきた背骨のようなものが、そろそろ折れかけていることを悟った。そうだね、と相槌を打ったきり、談話室には再び沈黙が落ちた。

胎児だったころに戻りたい。温かい羊水に守られて浮かんでいた、幸福な卵に戻って、何も考えず、ただゆっくり眠りたい。


***


翌朝、一睡もできないままベッドから起き上がった私は、携帯電話から夜蛾先生に電話をして「高熱が出たので休みます」と言った。さらに「夏油君は声も出ないほどの高熱だそうです。ふたりとも、インフルエンザかもしれません」と付け加える。何も聞かず、お大事にな、と言っただけの先生には、仮病なんてお見通しだったに違いない。後ろめたさと罪悪感で、携帯電話を握る手に汗が(にじ)んだが、私はそれを振り切って電話を切った。今日を逃せば、次はないような気がしていた。それは予知に近い予感だった。

携帯電話と財布だけ持って部屋を出ると、その足で夏油君の部屋をノックする。

すぐに扉を開けて顔を出した夏油君の目は充血していて、彼もまた寝ていないことがわかった。

「竹之内か。さっきぶりだね」

弱々しい微笑を見て、私は、ここ最近沈みがちな気力を奮い立たせる。

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ひよこまる(プロフ) - えりんぎのバター炒めさん» コメントありがとうございます! 二人旅のシーンは、構想段階からどこかに差し込もうと思っていた場面なので、お褒めいただきすごく嬉しいです。一番書きたいシーンまで上手く辿り着けず焦ることも多いですが、ご期待に添える作品になるよう、頑張ろうと思います(^^) (5月7日 7時) (レス) @page37 id: 8ac964ebff (このIDを非表示/違反報告)
えりんぎのバター炒め(プロフ) - 心を療養する夏油さんと夢ちゃんの2人旅がすごく素敵です。とても引き込まれる作品で、2人の苦しさが身に染みます……。続き楽しみにしています! (5月7日 0時) (レス) id: 61116f8e5d (このIDを非表示/違反報告)

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作者名:ひよこまる | 作成日時:2024年3月24日 21時

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