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あ廊下にできた水溜まりに、ぱちぱちと泡沫が浮かんでいる。私はそれをじっと見つめていた。
「竹之内さん……? 竹之内さんですよね?」
「今、何時ですか」
「へ?」
あ補助監督さんは、首を傾げた。
「10時半ですけど」
あ次の任務は11時からだった。
「ありがとうございます」
あ私は缶ジュースを補助監督さんに押し付けて歩き出した。炭酸の水溜まりを踏んだせいで、私の靴跡で廊下が濡れていく。「竹之内さん」背後から戸惑う声が聞こえたが、ふり返らなかった。
***
あ現地に向かう電車で、バスで、タクシーで、このまま乗り過ごしてどこか遠い場所へ行きたいと夢想する。見渡す限り田んぼとビニールハウスしかないような田舎で、のんびり自給自足しながら、何もかもを忘れて暮らせたらどんなに幸せだろう。だけど私の足はきちんと任務に向かい呪霊を祓い高専に帰るのだから、自分の臆病な生真面目さには笑えてくる。いっそ
あ何やってるんだろう、私って。
あトイレで吐きながら思う。慢性的な睡眠障害のせいか、最近は胃が食べ物を受け付けなくなってきた。だけど空腹でいても、空嘔吐が止まらないのだから、もはや癖になってしまっているのかもしれない。何がつらい? 自分でもわからない。だけど、精神的に限界なのは確かで、なんとかしないとと思いつつも、どうすることもできずに、ただ助けてほしいと心が叫んでいる。
あ呪術師を辞めたい。ある朝、ふいに焼けつくようにそう思う。けれど、実行はしない。呪術師はマイノリティだ。私が呪術師を辞めて逃げれば、私が行くはずだった死地に、高専の仲間が向かうことになる。せめて今抱えている任務が終わるまでは、せめて忙しい時期がすぎるまでは、と自分に言い聞かせて、もう何週間経ったんだろう。
あ辞めたい。
あ辞められない。
あつらい。
あ逃げたい。
あ逃げられない。
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ひよこまる(プロフ) - えりんぎのバター炒めさん» コメントありがとうございます! 二人旅のシーンは、構想段階からどこかに差し込もうと思っていた場面なので、お褒めいただきすごく嬉しいです。一番書きたいシーンまで上手く辿り着けず焦ることも多いですが、ご期待に添える作品になるよう、頑張ろうと思います(^^) (5月7日 7時) (レス) @page37 id: 8ac964ebff (このIDを非表示/違反報告)
えりんぎのバター炒め(プロフ) - 心を療養する夏油さんと夢ちゃんの2人旅がすごく素敵です。とても引き込まれる作品で、2人の苦しさが身に染みます……。続き楽しみにしています! (5月7日 0時) (レス) id: 61116f8e5d (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:ひよこまる | 作成日時:2024年3月24日 21時